カテゴリー別アーカイブ: 近代美術

孤高の画家・長谷川潾二郎の静物画―《フライパンと卵》

 こんにちは。毎日寒い日が続きますね。
歩道を歩いていると、まだ月曜に降った雪があちらこちらに残っているのを見かけます。
明日が「大寒」なので、今が一年で最も寒さが厳しい時期ということになります。
ノロウイルスやインフルエンザが今年も流行っているようなので、みなさまも気をつけてくださいね。

 さて、来週26日(土)は、2013年1回目のオークションを開催いたします。
今日は近代美術オークションの出品作品から注目の一点をご紹介します。


【オークション終了につき、作品の画像は削除させていただきました】


lot.33 長谷川潾二郎 《フライパンと卵》
33.5×45.5cm
キャンバス・油彩 額装
1979年作
右下にサイン、裏に署名・タイトル・年代
長谷川潾二郎鑑定登録委員会鑑定登録証書付
エスティメイト ¥1,000,000~1,500,000



 みなさまは、長谷川潾二郎(はせがわ・りんじろう)をご存じでしょうか?
赤い敷物の上で丸くなる愛猫タローを描いた《猫》で一躍脚光を浴びた画家です。

 この《猫》はかつて、『気まぐれ美術館』で知られる美術評論家、画商の洲之内徹氏のコレクションで、氏の没後にそのコレクションの一点として宮城県美術館に寄贈されました。それが2008年に書籍『洲之内徹が盗んでも自分のものにしたかった絵』の表紙になったことを機に画家自身にも注目が集まり、様々なメディアにとり上げられ、各地で展覧会も開催されました。

 長谷川潾二郎(1904-1988)は、北海道生まれ。ジャーナリストの父、後に作家になる兄弟たちに囲まれ、文化的に恵まれた環境で育ちました。1918年北海道庁立函館中学校に入学すると、油彩画を描き始めます。1924年画家を志して上京し、川端画学校に通いますが、数ヶ月で退学して独学で制作を続けました。その一方で、詩や小説を好み、探偵小説家・地味井平造として小説を発表するなど、作家としても才能を発揮しました。やがて絵画に専念し、1931年フランスに渡ります。翌年帰国し、4年連続で二科展に出品しましたが、その後は個展を中心に活動し、画壇から距離を置いた孤高の制作姿勢を貫きました。
 
今回の作品は、1979年(当時75歳)に制作された静物画です。潾二郎は「卓上の静物」という主題を好み、画業の後半を中心に繰り返し描きました。本作では、光を反射してつやつやと輝くポットやざらついた質感の卵、ふんわりとした目玉焼きを親密な眼差しで捉え、平明かつ温厚なリアリズムで描き出しています。身近なものに内在する目に見えない趣きや美を丁寧に掬い取り、自身の詩的世界を静かに表現した作品です。
 潾二郎は、とにかく遅筆で寡作だった、と言われています。6年間《猫》の右ひげを描けず、とうとうタローが死んでしまった話や、風景の土を描くのに10年以上を要したことなど、たくさんの逸話が残されています。この作品は、一体どれほどの時間をかけて描いたのでしょうか。作品が完成する頃には、目玉焼きはもう食べ飽きていたのかも…など、いろいろ想像してみるのも楽しいですね。

この作品は23日(水)からの下見会でご覧いただけます。
下見会・オークションスケジュールはこちら
みなさまのお越しを心よりお待ちしています。

(佐藤)

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夭折の画家・中村彜のスケッチブック―《婦人像他(スケッチブック21作品)》

こんにちは。
先週の近代美術PartⅡの下見会にご来場くださったみなさま、ありがとうございました。
今週の土曜日、17日はいよいよオークションです。
14日(水)からは近代美術の下見会を開催いたしますので、そちらにもぜひお越しください。

さて、今日は近代美術の出品作品から一点ご紹介いたします。
近代の洋画がお好きな方は必見の大変希少な一点です!

Lot.27 中村 彜 《婦人像他(スケッチブック21作品)》
19.5×12.8cm
紙・パステル、鉛筆、インク
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
エスティメイト  ¥1,500,000~2,500,000


 中村彜(なかむら・つね 1887-1924)は大正時代に活躍し、37歳で亡くなった夭折の画家です。
 水戸市に生まれた彜は、18歳のとき結核にかかり軍人になる目標を断念。療養しながら次第に画家を志すようになります。白馬会や太平洋画会の研究所で修業を積み、24歳の頃からは新宿・中村屋のアトリエに移り住み、若い芸術家たちが集うサロンの中心的な存在となっていきました。しかし、この頃から病状は悪化し、1920年の帝展出品作《エロシェンコ氏の像》(重要文化財・東京国立近代美術館蔵)で大きな賞賛を受けた後は、残された生命を燃やし尽くすように制作に取り組みました。
 レンブラントやルノワールなどの様々な西洋絵画に学び、対象の生命感や自身の内省的な世界観を描き出した作品は、個性派ひしめく大正期を代表するものとして現在も多くの洋画ファンを魅了しています。


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さて、今回の作品はスケッチブックです。
病床の彜がいつも枕元に置いていたものかもしれません。
右の表紙は自筆ではありませんが、意外と(?)かわいらしいですね。
この表紙を開くと…

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図版1                       図版2

 パステルで人物像が描かれています。この2点、どこかで見覚えはありませんか?
図版1は《老母の像》(1924年作・彰考館徳川博物館蔵)、図版2は《頭蓋骨を持てる自画像》(1923-24年作・大原美術館蔵)、どちらも晩年の代表作に大変よく似ています。このスケッチブックは晩年に使用していたものでしょうか。

ページをめくっていくと、その可能性がいっそう高まっていきます。

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図版3                       図版4

 彜は晩年、図版3のようなキュビスムを取り入れた静物画の連作を制作しました。この鉛筆スケッチと一致する油彩画はみつかりませんでしたが、いずれかの原案になったものでしょう。
 また、図版4には、卓上に十字架のついた祭壇のようなものが描かれていますが、これは彜が板で制作した《キリスト磔刑像》(1923年作)によく似ています。この板の作品は《カルピスの包み紙のある静物》(1923年作・茨城県近代美術館蔵)など、静物画のモチーフにも用いられました。

中にはこんな作品も。

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図版5                       図版6

 図版5のような観音像のスケッチが数点見られます。晩年の彜は死期を悟り、「残存せる全生命の死力を尽して」制作に打ち込んでいきます。こうした観音像や図版4のようなキリスト教のモチーフは、死を覚悟して絵筆を握る彜の心の支えだったのかもしれません。
 図版6の抽象画は何かのデザインのようにも見えますが、彜の繊細な心模様を表わすようであり、後に流行するシュルレアリスム風の神秘的な雰囲気も漂わせています。

 こうしてページをめくっていくと、このスケッチブックに晩年の彜の心情が率直に語られているのが伝わってきます。湧き上がるイメージを生き生きと描き留めたもの、祈るように静かに描かれたものの数々は、彜が絵を描くために生きた画家であることを改めて感じさせます。
 また、彜は作品数の少ない画家ですので、たくさんの図柄が描かれたスケッチブックがオークションに出品されるのは大変めずらしいことです。その上、図版1や2のような名作の下絵と思われるものを含み、晩年の彜の制作過程を知ることができる作品は、もしかしたら他にはないかもしれません。
 この作品は今週の下見会にて展示いたしますので、ぜひ実物をご覧ください。

下見会・オークションスケジュールはこちら

みなさまのご来場を心よりお待ちしています。

(佐藤)

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具体・元永定正の抽象絵画《いち》

こんにちは。
12日にオープンしましたJEWELLERY&BRAND SHOPにはもうご来店いただけましたか?
オークション開催日を除き、土日も営業しておりますので、銀座にお出かけの際はぜひお立ち寄りください。

さて、今日は22日(土)開催の近代美術オークション出品作品の中から注目の一点をご紹介します。


【オークション終了につき、画像は削除いたしました】


Lot.77 元永定正
(1922-2011)
《いち》
90.9×72.7cm
キャンバス・アクリル 額装
1982年作
右下にサイン、年代


文献:『元永定正作品集 1955-1989』P.Ⅰ-90(アラベル)
   『元永定正展図録』目録掲載 P.115 №303(西宮市大谷記念美術館/毎日新聞社)
   『元永定正展図録』目録掲載 p.139 №307(三重県立美術館/中日新聞社)
エスティメイト \500,000~800,000


 元永定正は、具体美術協会のメンバーの一人です。
具体は、戦後の高度経済成長期、リーダーの吉原治良の「今までにないものをつくれ」という指導のもと、ユニークな活動を展開した前衛美術グループ。
彼らは今再び世界的に注目を集めており、今年開催された「田中敦子―アート・オブ・コネクティング」(東京都現代美術館)や「具体―ニッポンの前衛18年の軌跡展」(国立新美術館)も記憶に新しいところです。当社の7月の近代美術オークションにも吉原治良の作品が出品されました。

 10代の頃、漫画家を志していた元永は、郷里の三重在住の画家に師事して油彩画を学びました。1955年、吉原治良との出会いを機に具体に参加し、抽象画制作とともに水を使った立体作品や煙によるパフォーマンスを発表して注目を集めます。1966年、ジャパン・ソサエティの招聘によりニューヨークでの制作の機会を得ると、ユーモラスな造形と鮮やかな色彩による抽象絵画を展開。そのほかにもインスタレーションやパブリックアート、絵本など、多岐にわたる創作活動で国内外から高く評価されました。

 1982年作(当時60歳)の本作品は、ニューヨーク時代から手掛け始めたエアブラシを使用したシリーズのひとつです。
描かれた生き物のようなものは、人や山などの有機的なイメージをもとに生み出された「かたち」。エアブラシによって立体感が表わされています。具体的なモティーフを描いたものではありませんが、親しみやすくキャラクター性が強いのは、この時期の元永が絵本の制作にも力を注いでいたためでしょう。
絵本をご覧になったことがある方はご存知かもしれませんが、『かにつんつん』や『おおきいちいさい』のキャラクターにも少し似ていますよね。

 この「かたち」に対し、私たちは例えば漢数字の「一」や「のそのそと歩く姿」など、様々なイメージを想像してしまいます。
このように鑑賞者が「自由に作品を観て楽しみ、そこに美を見出す」ことは、元永が自作に求めたものです。すなわち、作品は「美のかたちは無限に存在し、新しいもの、新しい美を生み出す力が人間には備わっている」という元永の思想を映し出したものとも言えるでしょう。
具体のテーマだった「新しい美」の追求は、解散後も元永自身のテーマとして作品に表現されていったことがわかります。

この作品は19日(水)からの下見会で展示いたします。
オークション・下見会のスケジュールはこちら

皆様のお越しを心よりお待ちしております。

(佐藤)

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フォーヴィスムの旗手 林武の《舞妓》

こんにちは。
ゴールデンウィークはいかがお過ごしでしたでしょうか。
まだ体がお休みモード…という方も多いかもしれませんね。体調を崩しやすい時期でもありますので、どうかお気をつけください。

さて、本日は19日(土)に開催されます近代美術オークションの出品作品の中から1点ご紹介いたします。
たくさんの画集や展覧会でも紹介された力作です。


【オークション終了につき、図版は削除いたしました】



林武(1896-1975)
《舞妓》
62.5×42.0cm
キャンバス・油彩 額装
1958年作
右下にサイン
共箱

文献:
『林武全画集』P.125 №630(日動出版)
『林武』№59(美術出版社)
『世界名画全集 第24巻』カバー/P.105(平凡社)
『現代美術家シリーズ 林武』P.129/P.136(時の美術社)

展覧会:
林武回顧新作展 1958年(日本橋・高島屋)
明治・大正・昭和 美人画名作展 1962年(松屋/毎日新聞社)
日本芸術院 恩賜賞・院賞美術展 1968年(新宿・伊勢丹/日本経済新聞社)
画業50年記念 林武展 1970年(梅田・阪神百貨店/毎日新聞社)
女の美名作展 1971年作(千葉・そごう百貨店/日本経済新聞社)
林武展―この不屈の人― 1975年(日本橋・高島屋/毎日新聞社)
名画に見る舞子展 1979年(日本橋・三越/朝日新聞社)

エスティメイト \4,000,000~6,000,000



 1896(明治29)年、林武は東京の麹町に三代続く国学者の家系に生まれました。ほぼ独学で油彩画を習得し、25歳のとき第8回二科展にて新人賞にあたる樗牛賞、翌年には優秀賞にあたる二科賞を受賞し、画壇に頭角を現しました。その後、一九三〇年協会や独立美術協会に参加し、日本のフォーヴィスムの旗手として活躍していきます。やがて東洋の哲学や印象派の巨匠・セザンヌの構図理論などを取り入れた独自の絵画論や構図法の追求を始め、戦後には理知的な構成と情熱的なフォーヴ風のタッチというアンビバレントな要素を調和させた個性豊かな林芸術を展開していきました。

 本作品のモティーフ、舞妓は林が薔薇や富士とともに好んでよく描いたものの一つ。多くの画家たちが魅せられた舞妓の華やかさや日本的な美しさではなく、林は豪華な衣装や髪飾りに身を包んだ姿に安定感やボリューム感を見出し、均整のとれた造形美に着目しました。また、色彩において他の人間像よりも圧倒的に彩り豊かで複雑である点にも魅力を感じたといいます。
 
 1958年作(当時62歳)の本作品では、鮮やかな赤色の背景を斜めに切るように舞妓の上半身を大きく描き出しています。骨太な黒い輪郭線で対象を縁取ったステンドグラスのような色面構成と重厚なマチエール、奔放なタッチは林芸術の特徴をよく示すものと言えるでしょう。また、全体に立体感や量感を強調し、舞妓の顔や首には白粉と頬紅を塗った肌の質感を表現しました。そして、絵具が乾く前に背景に施した文様は林が装飾的な表現にも力を注いだことを窺わせます。
 このように画面上に交錯する立体感と平面性、舞妓の人形のような造形の安定感と生身の人間の繊細さ、それぞれの相克に林は微妙なつりあいを求めたのでしょう。自身の絵画論をもって伝統的な日本美に挑む画家の情熱が満ち溢れる作品です。

この作品は16~19日に開催予定の下見会にて展示いたしますので、ぜひご覧ください。
オークション・下見会スケジュールはこちら
みなさまのお越しを心よりお待ちしています。

(佐藤)

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51年ぶりに発見された幻の作品―岸田劉生《黒き土の上に立てる女》

こんにちは。
先日の近代陶芸/古美術/近代美術PartⅡオークションにご参加いただいた皆様、どうもありがとうございました。

今日は今週、3月24日(土)に開催されます近代美術オークションの出品作品の中から1点ご紹介いたします。こちらは、なんと「51年ぶりに発見された幻の作品」ということで新聞でも報道されました。

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Lot.126 岸田劉生(1891-1929)
《黒き土の上に立てる女》
62.0×46.8cm
キャンバス・油彩 額装
1914年作
右下にサイン・年代
裏にサイン・タイトル・年代
劉生の会登録証書つき
エスティメイト ★\7,000,000~10,000,000

掲載文献:
『岸田劉生画集 目録・解説』P.136参考33(岩波書店)
『岸田劉生の作品に関する私ノート(郡山市立美術館研究紀要第2号)』P.67№41(郡山市立美術館)
『岸田劉生とその周辺』№2(東出版)
『劉生と御舟展図録』参考図版掲載 P.14 fig.4 1996年(豊田市美術館)
『芸術選書 岸田劉生』挿図22(中央公論美術出版)
『国際写真情報 1961年10月』
展覧会歴:
岸田劉生作品展覧会 1914年(京橋・田中屋)
第14回巽画会美術展覧会 1914年(上野竹之台陳列館)



 「麗子像」の連作で知られる岸田劉生は、日本の近代美術を代表する画家の一人です。まずはその生涯についてお話します。

 1891年、実業家・岸田吟香の第九子として東京・銀座に生まれた岸田劉生は、17歳のとき白馬会葵橋洋画研究所に学びました。20歳の頃、雑誌『白樺』との出会いから後期印象派の洗礼を受け、フュウザン会を結成します。その後、北方ルネサンス絵画に傾倒して写実を追求し、草土社のリーダーとしても活躍。さらに、中国の宋元画や初期肉筆浮世絵といった東洋美術に心酔し、神秘的で内省的な「内なる美」の芸術を生み出していきました。

 では、本題に入りましょう。
本作品はキャンバス裏面の記述より、1914年7月25日(当時23歳)に制作されました。副題を《農夫の姫》といい、1961年に雑誌『国際写真情報』に掲載されて以来行方知れずだったと伝えられています。代々木に住居を構えたこの時期、劉生はデューラーやウィリアム・ブレイクといった北方ルネサンスや西洋古典の巨匠たちの作品に大きな影響を受けました。その「クラシックの感化」は愛情をもって自然を見つめる写実の姿勢や細密描写として、また、宗教画や構想画の要素を取り入れる試みとして作品に表されていきます。

《南瓜を持てる女》rgb_convert_20120319192735
 本作品は、このわずか19日前に制作された代々木時代の名作《南瓜を持てる女》(右参考図版:石橋財団ブリヂストン美術館蔵)に題材と構図が極めて類似しており、同じ西洋古典絵画を参考にしたものと推測されます。両作品ともに、麗子を産み母になったばかりの妻・蓁(しげる)をモデルにしたと思われる農婦が、胸を露わにし大地を踏みしめて立つ姿を生命や豊穣の象徴として描いています。
 劉生は《南瓜を持てる女》において、農婦を聖女に見立て、アーチ型の縁飾りを取り入れて宗教性や精神性の高さを表わしました。それに対して、本作品では農婦の女性らしさやみずみずしさを強調し、高く盛り上がった赤土と密集して茂る草木をいっそう力強く描き出すことにより、満ち溢れるような生命感を理想化して表現しています。
 また、こうした自然の描写には、翌年に制作され草土社の名称の由来となった《赤土と草(赤土と草の道)》(浜松市美術館蔵)との共通性がすでに見て取れ、それは劉生の代表作の一つである前述の重要文化財《道路と土手と塀(切通之写生)》へと展開していきます。

 ちなみに、今週のオークションでは、劉生の代名詞的なテーマ《麗子》も出品されます。こちらは鵠沼時代、1922年5月18日にコンテで描かれた作品です。8歳の麗子が横目で微笑む姿を妖しくデフォルメして描き出したものですが、これはこの時期劉生が没頭していた「グロテスクな美」、すなわち東洋的な超現実性を追求したものです。こうした神秘的な表現は、同じ年に制作された《二人麗子図》(泉屋博古館蔵)や《野童女》にも見て取れます。

岸田劉生《麗子》_convert_20120319192911
Lot.122 岸田劉生《麗子》
34.2×25.5cm
紙・コンテ 額装
1922年作
左上にタイトル、右上にサイン・年代
劉生の会登録証書つき
『岸田劉生の作品に関する私ノート(郡山市立美術館研究紀要第2号)』P.102№22(郡山市立美術館)
岸田劉生個人展覧会出品 1922年(野島邸)
エスティメイト ★\2,000,000~3,000,000


ミュージアムピースが揃った今回のオークションは、ぜひ下見会で本物をご覧ください。
下見会スケジュールはこちら
皆様のお越しを心よりお待ちしております。

(佐藤)

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横山大観の傑作《山に因む十題》《海に因む十題》を忠実に再現―《山海各十題巧藝画》

こんにちは。
立冬を過ぎ、朝晩は寒さを感じるようになってきましたね。
一日の気温差が大きい時期なので、風邪にはお気を付けください。

さて、先週の浮世絵/近代美術PartⅡオークションにご参加いただいた皆様、
誠にありがとうございました。
今週19日(土)は近代美術オークションを開催いたします。
本日はその出品作品の中から1点ご紹介いたします。

Lot.40 横山大観
《山海各十題巧藝画》
巧藝画 各額装
横山大観自筆箱
エスティメイト \2,500,000~5,000,000
 

横山大観の代表作として名高い《海山十題》の巧藝画です。
《山に因む十題》、《海に因む十題》の各10点に、大観が監修したことを示す自筆の箱書きがついています。

まずはこの巧藝画のもとになった本画、《山に因む十題》、《海に因む十題》についてお話します。
昭和15年、紀元2600年と大観自身の画業50年に際して開催された奉祝記念展覧会の出品作として、大観は《海に因む十題》《山に因む十題》、計20点を制作しました。戦時色が次第に強くなっていく時局を鑑み、「彩管報国」つまり絵を描くことで国家に報いるという考えから制作に至ったそうです。その販売の収益50万円は陸海軍に献納され、4機の軍機「大観号」となりました。多作で知られる大観が他の制作を抑え、約1年の月日を費やして力を注いだこのシリーズは、評論家たちに絶賛されその充実した内容でも大きな話題を呼びました。会場となった日本橋三越・日本橋高島屋には、評判を聞きつけた人々の大行列ができたといわれています。以後、横山大観という人物のスケールの大きさを語る伝説となった通称《海山十題》は、大観の精神主義の権化にして画業の集大成とも言うべき名作です。

 本作品はこの展覧会の後に制作された大観監修による巧藝画です。巧藝画とは、大正中期に大観が提唱したもので、本画と同等の材料を用いて写真製版により印刷を行い、さらに手彩色を施して一点ずつ丹念に仕上げる複製画を指します。本画と見紛うほどの精巧さから、《海山十題》の巧藝画は所在不明となった作品の代わりとして「生誕120年記念横山大観《海山十題》展」などに出品されました。山種美術館にも同サイズのセットが収蔵されています。

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《龍躍る》                     《海潮四題・秋》
上記の展覧会では、ともに同型の巧藝画が出品されました。


巧藝画では本画同様、海浜と富士という日本を象徴する自然を主題とし、季節や時間の変化、自然の光や音など様々な要素を絵画化しています。大観の自由で豊かな構想力により、西洋絵画のような複数の視点や東洋の古典様式を取り入れ、シリーズが単調にならないように工夫が施されました。また、安田靫彦を驚かせたという本画の優れた写実の筆技はここにも見て取れ、精緻な線と質感に富む色面による表現、たらし込みや片ぼかしといった様々な技法が見事に再現されています。本画では困難と思われる全20点が揃う様は圧巻で、大観が画業を通して追求してきた自然表現の一つの帰結をうかがわせる希少な作品です。


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《波騒ぐ》                    《霊峰四趣・夏》

今回の下見会は、会場の一部がまるで大観の「海山十題展」のようになっています。ぜひその精巧さを会場でご確認ください。
皆様のお越しを心よりお待ちしています。

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(執筆:佐藤)

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川端龍子と金閣寺放火事件―《金閣再現》

朝晩は涼しくなってきましたが、今週は暑い日が続きますね。
9月とはいえ熱中症になってしまうこともあるそうなので、お気をつけくださいね。

ただいま銀座のシンワアートミュージアムでは、明日9月17日(土)の近代美術オークションの下見会を開催しております。
今回はその出品作品の中から1点、川端龍子の掛け軸の大作をご紹介いたします。


【オークション終了につき、図版は削除いたしました】



Lot.129 川端龍子《金閣再現》
83.0×113.8cm
絹本・彩色 軸装
昭和31(1956)年作
右下に落款・印 
共箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書つき
春の青龍社展出品 1956年(日本橋・三越)
エスティメイト ★\1,500,000~3,000,000

 
 川端龍子(1885-1966)は、和歌山県の商家に生まれました。上京後、洋画家を志し、19歳のとき白馬会洋画研究所や太平洋画会研究所に学びます。同じ頃、国民新聞社に入社し、雑誌の挿絵や漫画を手掛けました。文展で入選を果たすなど洋画家として本格的に活動を始め、大正2(1913)年さらに油彩画を学ぶために渡米。滞在中、ボストン美術館で日本の絵巻物とシャヴァンヌの大壁画に深い感銘を受け、一転して日本画を、そして大作主義を志すこととなります。独学で日本画を学び、再興院展への出品を始めると直ちに頭角を現し、昭和4(1929)年には健剛なる「会場芸術」を唱え、その実践の場として青龍社を樹立。自由でダイナミック、ときに繊細巧緻、ときに洋画的といった様々な作風を自在に展開した画家です。

 川端龍子のテーマ「会場芸術」では、展覧会場に映えるスケールの大きさとともにもう一つ大切なことがありました。それは大衆的な感覚と現代性です。「会場芸術」は民衆のための美術行動でしたので、広く一般の人々に支持され、時代の要請に答えるような題材を描くことも必要とされました。そのため、龍子は時事的、社会的な題材を次々に作品に表現していきます。そこには龍子が青年時代、国民新聞社に入社して風刺画を手掛け、美術ジャーナリズムの先駆けをなした経験が生かされており、それは近代化していく時流の中で生まれた新しい日本画と言えるでしょう。

 龍子の時事的な題材の代表作と言えば《金閣炎上》(昭和25年作・東京国立近代美術館蔵)です。雨の夜、猛火に包まれる国宝・鹿苑寺金閣を描いたこの衝撃的な作品は、金閣が放火によって焼失するという昭和25年に起きた事件を描き、2ヶ月後の青龍社展に出品されたものです。龍子は事件翌日の新聞に掲載された写真を見て、国宝が失われたことを惜しむ気持ちや悲しみを感じつつも、描かなければならないという画家としての使命感を燃やしたそうです。
 そして、昭和30年に金閣が再建され創建当時の姿が蘇えると、龍子は待ち構えていたかのように本作品を描きました。昭和31年の春の青龍社展に出品された本作品は、事件のその後を描いたという意味では《金閣炎上》と対をなすイメージと言えるでしょう。ここでは、勢いよく画面を走る大胆な筆の動きと厚塗りのマチエールが、龍子のはやるような気持ちとジャーナリスト的な一面を窺わせます。また、それは「筆致の見えない作品はつまらない」と考え、観賞者が画家の筆技を楽しめるような絵肌の創出を心がけた龍子らしいものでもあります。豊かな緑と輝かしい姿を美しく映し出す鏡湖池に抱かれ、再び眩い光を取り戻した金閣―その麗しい姿を描いた画家はたくさんいますが、「事件」という切り口で捉えた画家はきっと、川端龍子ただ一人でしょう。

下見会場では、そのスケール感をご堪能ください。
皆様のお越しを心よりお待ちしております。

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(執筆:S)
 

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孤高の天才画家・高島野十郎の《水蓮》

みなさまは高島野十郎という画家をご存じですか?
ここ数年、テレビ番組や美術雑誌の特集でご覧になったことがある方もいらっしゃるかもしれません。近代洋画コレクターの方なら、作品を探してもなかなか手に入らない「幻の画家」として記憶していらっしゃるかもしれませんね。
その高島野十郎の作品が6月26日の近代美術オークションに出品されます!

野十郎は、画壇とは無縁の制作活動を行っていたため、生前ほとんど名前を知られることがありませんでした。彼が脚光を浴びたのは、没後5年を経た1980年のこと。そのきっかけは福岡県文化会館(現・福岡県立美術館)の企画展に《すいれんの池》(1949年作・同館蔵)という作品が展示されたことでした。この1点の魅力によって画家の研究が進み、各地で回顧展が開催され、次第にマスコミで取り上げられるようになっていきます。こうしてようやく高島野十郎という類まれな才能が評価されるようになりました。

今回出品されるのはこちらの作品です。


【オークション終了につき、図版は削除いたしました】


Lot.240 高島野十郎(1890-1975)
《水蓮》
60.6×50.0cm
キャンバス・油彩 額装
1974年作
左下にサイン
裏・裏板に署名
「孤高の画家 高島野十郎展」出品
(2000年/柏市民ギャラリー)
エスティメイト \3,000,000~5,000,000



1890年、野十郎は福岡県久留米市の酒造業を営む家に生まれました。東京帝国大学農学部水産学科(現在の東京大学)を首席で卒業し、将来を嘱望されながらも画家の道を選びます。しかし、師につくことや美術教育を受けることはなく、「世の画壇と全く無縁になる事が小生の研究と精進です」※と決め、個展を主な作品発表の場としました。自ら設計した質素なアトリエで一人制作に没頭し、鋭い観察眼と仏教的な思想により一貫して写実を追究した画家です。
 
水蓮を題材とした作品は、野十郎の発見につながった前述の《すいれんの池》や、死期を悟った画家が遺品として姉に渡した《睡蓮》(1975年作)など、印象的なエピソードとともに現在、数点が確認されています。水蓮は仏教において「蓮華」として浄土を象徴する花。仏教に傾倒した野十郎にとって思い入れの強い題材であり、それを描いた作品には画家の精神性が色濃く投影されたということでしょう。

本作品は、白い花と蕾、複数の葉を池に配し、画面左下に岸に咲く菊を描いたものです。徹底的に凝視し、克明な写実と堅牢なマチエールで表現した情景からは、「花一つを、砂一粒を人間と同物に見る事、神と見る事」※という野十郎の強い信念が伝わってくるようです。またここでは、野十郎は余計なものを削ぎ落とし、極めて平面的に池を描き出しました。よってそれは、夕暮れの空の色と水蓮の影をわずかに映しながら、模糊として深々とした異次元のような空間として見て取れます。この世のものではないような気配と静寂に満ちた池に咲く、白く清らかな水蓮の花。その情景は野十郎が思い描いた浄土の世界なのかもしれません。

※『高島野十郎画集 作品と遺稿』求龍堂 2008年

明日23日(木)から始まる下見会でぜひ実物をご覧ください。
下見会・オークションスケジュールはこちら
皆様のご来場を心よりお待ちしています。

(執筆:S)

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川合玉堂が描いた日本の自然

今週1/29(土)は近代美術・近代美術PartⅡオークションを開催いたします。
今日から近代美術の下見会もオープンしましたので、
ぜひ銀座までお越しください。

近代美術オークションでは、川合玉堂の作品がたくさん出品されます。
今日はその一部をご紹介いたします。

 川合玉堂(1873-1957)は、愛知県葉栗郡外割田(現在の一宮市木曽川町)生まれ。長良川など、岐阜の豊かな自然に囲まれて少年時代を過ごし、後に風景画家となる素地を育みました。14歳で画家を志し、京都の幸野楳嶺(こうのばいれい)に円山四条派を学びます。23歳で上京した後には橋本雅邦に入門し、狩野派の伝統的な山水描法を身につけました。やがて、墨による線描を主軸としながら彩色を効果的に用いて、平明でのどかな風景画を追求していきます。大正4年から13年間に渡って東京美術学校で教鞭を取り、昭和15年には文化勲章を受章。理想郷を描くものとされていた山水画の伝統を一変させ、人の暮らしと自然が調和した日本の山村風景画を確立した画家です。

玉堂といえば、優れた水の描写でよく知られています。
長良川の夏の風物詩を描いた《鵜飼》(昭和31年作・玉堂美術館蔵)や雨に包まれる水車小屋の情景を描いた《彩雨》(昭和15年作・永青文庫)など、数々の名品を残しました。

今回の水のある風景はこちら。

【 No Image 】
 Lot.92 《渡頭春信》
41.8×58.3cm
紙本・彩色 軸装
左横に落款・印
共箱
玉堂美術館登録あり
★ \2,000,000~3,000,000


舟が川を渡る情景は玉堂が好んで繰り返し描いた題材です。
ようやく春がやってきた里山の爽やかな空気が伝わってきます。


img_111のコピー
Lot.111 《緑蔭水車》
45.2×57.0cm
絹本・彩色 軸装
右上に落款・印
共箱
玉堂美術館登録あり
★ \6,000,000~10,000,000


玉堂の水車がお好きな方は多いのではないでしょうか。
力強い墨の線と鮮やかな緑色が調和して、奥多摩の自然が生き生きと表現されています。
耳を澄ますと水車の水音が聞こえてきそうな作品です。


玉堂作品の主軸はなんといっても山村の風景です。
今回は様々な趣の山村風景が出品されます。

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Lot.109 《長閑》
54.8×72.7cm
絹本・彩色 額装
右上に落款・印
共箱
玉堂美術館登録あり
川合玉堂展 1982年(日本橋島屋/読売新聞社)※昭和13年作と記載
『川合玉堂 下巻』P.87 №13(美術年鑑社)※昭和5年作と記載
★ \5,000,000~9,000,000


タイトル通り、とても玉堂らしいのどかな風景です。
玉堂作品が支持され続けているのは、こうした郷愁を誘うようなあたたかな雰囲気が多くの人の胸を打つからかもしれませんね。この作品は東京時代、玉堂が牛込若宮町(現在の新宿区)に住んでいたときに制作されました。
写生をもとに、玉堂の理想の情景として仕上げられたものと言えるでしょう。


img_108のコピー
Lot.108 《水聲松籟》
48.7×60.3cm
紙本・彩色 額装
左下に落款・印
共箱
玉堂美術館登録あり
★ \5,000,000~9,000,000


Lot.109とは逆に、こちらのモティーフは険しい断崖からの眺望です。
際立つ墨の線は、橋本雅邦に学んだ狩野派の描法を思わせます。
落款・印が昭和30年代に使用されたものであることから、晩年の枯淡の境地が窺える作品です。


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 img_093のコピー

左:Lot.93 《富岳》
  56.5×72.7cm
  紙本・彩色 額装
  右下に落款・印
  共箱
  玉堂美術館登録あり
  ★ \2,000,000~3,000,000
  

右:Lot.94 《溪山春酣》
  132.6×41.8cm
  絹本・彩色 軸装
  右下に落款・印
  共箱
  玉堂美術館登録あり
  ★ \2,000,000~3,000,000
 

Lot.93は富士を描いた作品です。
軽やかな筆致が味わい深いですね。

Lot.94は、縦構図を大きく使った画面構成と緻密な筆致で風光明媚な渓谷を表現しています。
春らしい色使いに雅趣が漂う作品です。


晩年にいたるまで、玉堂の制作の基本は水墨であったといいます。
そういった点で、雪景は玉堂芸術の根幹を垣間見せてくれる題材です。

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Lot.95 《湖畔雪霽》
43.3×53.9cm
紙本・彩色 軸装
右下に落款・印
共箱
玉堂美術館登録あり
★ 2,500,000~3,500,000


タイトル中の「雪霽」(せつせい)は、雪が止んだ後に晴れることを表わします。
雪が降った後のしんとした静けさの中、集落に住む人々は釣りに出ようとしているのでしょうか。
雪深い土地の日常の暮らしぶりがしみじみと伝わってきます。


img_110のコピー
Lot.110 《吹雪》
44.6×57.4cm
絹本・水墨 軸装
昭和23年作
右上に落款・印
共箱
玉堂美術館登録あり
『川合玉堂 下巻』P.161 №2(美術年鑑社)
★ \6,000,000~10,000,000


日本の四季を描いた玉堂にとって、風すなわち空気こそが絵画を構成する重要な要素でした。
特に、激しい風とともに雪が乱れ降る情景を描いた《吹雪》には傑作が多く、昭和5年にローマで開催された日本美術展に出品された同画題の作品の見事な墨の表現は、日本美術に造詣の深いヨーロッパの人々をも驚かせたといいます。この作品でも、淡墨の刷毛目で縦横無尽に吹き荒れる吹雪の激しさを動的かつドラマティックに表現しています。

今回のオークションではこのほかに《鵜飼》など、近代美術・PartⅡあわせて12点の玉堂作品が出品されます。
玉堂がお好きな方はぜひ下見会をご覧ください。

オークション・下見会スケジュールはこちら

みなさまのお越しを心よりお待ちしております。

(執筆:S)







  

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上村松園の美人画

今週は長谷川利行・近代美術オークションを開催いたします。
近代美術オークションでは、上村松園の作品がたくさん出品されますのでご紹介いたします。

現在、京都国立近代美術館で上村松園展が開催されていますが、みなさまはご覧になりましたか?この展覧会は過去最大級の回顧展だそうで、東京展は来場者10万人を突破する人気だったそうです。私も先月東京展に行き、《序の舞》(昭和11年作・東京藝術大学蔵)など代表作の数々を見ることができました。

さて、今回のオークションでは、時代や題材の異なる様々な作品を通して松園の画業を辿ることができます。

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Lot.219《古代女房図》
32.0×36.3cm
絹本・彩色 額装
左下に落款・印 
共箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書つき
エスティメイト \1,400,000~1,800,000


松園は修行時代から膨大な数の古画の模写を制作し、構図や人物のポーズ、線を研究したといいます。また、古典文学を学び、その一場面を題材に用いることもありました。本作品は、松園が晩年まで描いた花を愛でる女性像ですが、女性の面立ちから平安・鎌倉期の大和絵を引用していることがわかります。

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261縺ョ繧ウ繝斐・_convert_20101119141152
(左)Lot.261《うららか》
112.2×41.4cm
絹本・彩色 軸装
右下に落款・印
共箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書つき
エスティメイト ★\2,300,000~3,500,000


(右)Lot.259《良夜吹笛図》                
112.2×39.6㎝
絹本・彩色 軸装
右下に落款・印 
共箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書つき
エスティメイト ★\2,500,000~3,500,000


ともに落款・印から明治~大正のはじめ頃に制作されたと思われる作品です。
これらのように、柔らかで妖艶な雰囲気も漂う初期の顔立ちがお好きという方も多いのではないでしょうか。


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256縺ョ繧ウ繝斐・_convert_20101119130652
(左)Lot.256《寿》
111.0×38.0cm
絹本・彩色 額装
右下に落款・印
共箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書つき
「女性画家が描く日本の女性たち展」出品 1998年(京都島屋グランドホール/朝日新聞社)
エスティメイト\1,200,000~1,800,000


(右)Lot.196《白拍子》
110.4×31.6cm
紙本・彩色 軸装
左下に落款・印
上村松篁箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書つき 
エスティメイト ★\700,000~1,000,000


若い頃から古典芸能にも関心を抱いていた松園は、大正のはじめ頃から謡曲を習い始め、後には三味線や長唄、鼓なども試みたそうです。それらはすぐに制作に反映され、代表作の一つ《花がたみ》(大正4年作・松伯美術館蔵)など、謡曲や能に取材した作品を描くようになりました。舞い姿の女性を描いたこうした作品も、松園の芸事への理解の深まりを感じさせます。

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Lot.217《春乃小鳥》
32.3×41.0cm
絹本・彩色 軸装
右上に落款・印
共箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書つき
エスティメイト 
★\1,200,000~1,800,000



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Lot.260《神ひな》
画面:94.4×28.0cm(全長:H118.6cm)
絹本・彩色 額装
右下に落款・印 
共箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書つき
エスティメイト\2,000,000~3,000,000


松園の作品では、市井の人々の暮らしのひとこまを描いたものがよく見られます。明治期には、写生に基づき身近な人々の姿を捉え、昭和期になると、江戸時代の雰囲気が残る京都の風俗を懐かしむように題材にしました。《神ひな》はそうした生活や風習への親しみから生まれたものでしょうか。男雛が向かって右側なのは松園が育った京都の様式です。



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 (左)Lot.258《志具連》
123.0×26.5cm
絹本・彩色 額装
左下に落款・印
共箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書つき
エスティメイト ★\2,500,000~3,500,000


(右)Lot.197《花下美人》
47.1×28.0cm
絹本・彩色 軸装    
右下に落款・印 
共箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書つき
エスティメイト\300,000~500,000      




img_278のコピー
Lot.278
《秋のよそおひ》
54.0×66.3cm
絹本・彩色 額装
右下に落款・印
共箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書つき
エスティメイト 
★\15,000,000~25,000,000


季節の風物を愛でる女性像は松園が生涯描き続けたものです。この主題では、《花下美人》のように花を見つめていた女性は、次第に《秋のよそおひ》のように視線を遠くに向けるようになっていきました。前者では、梅の花や蛍などとの組み合わせを通して、女性の美とともに四季折々の風情を表現しています。また、後者は女性の心の内を観賞者に想像させるようでもあり、「女性の内面性を表現すること」に松園の関心が注がれていることがわかります。

松園のほかにも、前田青邨、小林古径、横山大観、村上華岳など、今回は日本画がとても充実しています。
まだご覧になっていない方は、ぜひお越しください。
銀座の下見会と丸ビルのオークションで、みなさまのお越しをお待ちしております。

オークションスケジュールはこちら

(執筆:S)

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