月別アーカイブ: 2011年7月

「いいね」から始める陶芸コトハジメ

「いいね」―インターネット上で近頃見かけるこの言葉、 これはソーシャル・ネットワーキング・サービスのFacebookにおいて、まさに「いいね!」と思ったらクリックするというものです。英語圏では「Like」と表記しているそうですが、それに比べると日本語はやはりやんわりした表現に感じますよね。ですが、日本でも400年も前から、はっきり堂々と「これは“好き”なものだ!」と公言して憚(はばか)らない世界があるのです。
それは、お茶道具の世界です。
お茶道具は千家の宗匠(当主、家元のことです)が書付(かきつけ)(鑑定書の一種)をしていると道具自体の権威が上がり、それがさらに“好み物(このみもの)”だとまた一段と位が上がります。
 
「好み物」。

そうです。これは茶人が「このデザインは好きだな」と表記したもののことで、書付に
「好」と書かれているのです。
好み物は千利休より以前の茶人・村田珠光が和物の道具を茶席で使うために、自分好みの道具を作らせた室町時代の中期頃より始まりました。茶銘や和菓子などあらゆるものを好みにしており、それは利休へと受け継がれていきました。利休は茶道を系統立て、わび・さびの茶道具の基本を作ったと言っても過言ではありません。
また珠光の好み物は「昔形(むかしがた)」、利休の好み物は「利休形」とも呼ばれます。

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 裏千家九世不見斎(1746-1801)が「蛤香合利休好」と書付(鑑定の一種)をしています。
このように「好」と大々的に書かれているのです。作品は右下画像です。

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三代中村 宗哲作 「蛤香合」
 大振な本物の蛤が使用されています。
『裏千家歴代好み物』(1991年/茶道資料館)参照

 戦後、表千家の宗匠・即中斎が多く好み物を残したのは、どのような道具が茶席に適しているかを人々に広め、そのような道具が多く製作され使われる事によって、茶道をより広く普及させていこうという狙いがあったと言われています。

普段遠いと感じる茶の湯の世界ですが、実は今の文化とも通じているところがあるのです。
そして、それはとても情のある社会であるということも感じます。

まずは皆様も弊社の陶芸オークション下見会に一度足を運ばれてみてはいかがでしょうか?
茶人が「いいね」とした道具に気軽に触れていただく事で、茶の湯の世界の美しさを垣間見る事ができるのではないかと思います。

(執筆:E)

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ヒューマン・ライツ・ウォッチ チャリティー・ディナー東京2011

7月5日(火)にホテルオークラにて開催された「チャリティー・ディナー東京2011」。オークショニア平野が国内でも珍しいファンドレイジングイベントをレポートいたします。

ヒューマン・ライツ・ウォッチ(以下HRW)とは、ニューヨークに本拠を置く世界的な人権NGOで、1978年の設立以来30年以上にわたって世界の人びとの権利と尊厳を守ってきました。
今回我々がお手伝いさせていただいたのは、HRWの東京オフィスの活動を支えるための資金を集めるファンドレイジングイベントです。各界の著名人が参加したチャリティーディナーのメインイベントであるチャリティーライブオークションの進行を務めてまいりました。

テーブルセット小
本格的なディナーのテーブルセット。    
受付小
受付にも活動内容を伝えるメッセージが。

会場はホテルオークラ。大変豪華な雰囲気で、来場者も皆さんが一度は耳にしたことがある様な方々がズラリとお名前を揃えていました。ウェルカムスピーチの後は「Eyewitness‐時代の目撃者」と題された、HRWの活動を生々しく伝えるビデオの上映。世界で起こっているさまざまな人権に対する抑圧を実地に調査するHRWのスタッフの映像に、来場者もかなり心を動かされていた様子でした。

VTR小
活動紹介のVTRはリアリティに溢れる内容でした。

その後はミュージカル女優の新妻聖子さんによる素敵な歌やサイレントオークションの途中経過発表など、豪華なディナーと合わせて全体として非常に楽しめるイベントとなっていました。

さて、いよいよメインイベントのライブオークションです。まず第1部は通常のオークション。プロゴルファーの片山晋呉氏使用のサイン入りパターやベルリンフィルハーモニー管弦楽団を指揮したこともある指揮者の佐渡裕氏のサイン入りタクト、石坂浩二氏や安藤忠雄氏の版画など魅力的な4ロットが出品されました。佐渡氏のタクトは70万円まで競りあがるなど、どのロットもスタートから活発なビッドの応酬で大変盛り上がったオークションとなりました。
第2部はHRWの活動そのものを支援するためのオークション。オークションといってもこれは競り上げ方式ではなく、希望者を募る形で行われました。ビッドの対象となるのは一口50万円で2週間のアフリカおよび中東での事実調査ミッションをサポートするというもの。いつもと違うやり方で、オークショニアを務めていた私もどうなるかとドキドキでしたが、いざ「ではパドルを…」と声をかけると会場内からなんと18本ものパドルが上がりました。2ロット目に東京オフィスのサポートを一口5万円で募ると今度は会場のほとんどかと思われるほどのたくさんのビッド。パドル番号を読み上げながらビッドした方々の思いの強さに少なからず感銘を受けました。

ビッド小
たくさんの方々がチャリティーの気持ちを表してくれました。

こうしてオークションが終了し、イベントは大盛況のうちに幕を閉じました。HRWのスタッフの方々にもオークションの成功を喜んでいただき、お手伝いした我々も非常に充実感を感じることができました。
HRWの活動のますますの発展を願うとともに、我々もオークションを通してできる社会貢献の形を模索し続けていきたいと思います。

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PARTⅡオークションに出品される韓国人作家、全惠苑・方靖雅

先週、BAGS/JEWELLERY&WATCHESオークションにお越しいただいたお客様、誠にありがとうございました。
今週は、4週間連続オークションのラストを飾る近代美術PartⅡオークションが開催されます。6日(水)にスタートする銀座での下見会に、皆様のまたのお越しを心よりお待ちしております。

【下見会】
日程:7月6日(水)~7月8日(金) 10:00~18:00
    7月9日(土) 10:00~12:00
場所:シンワアートミュージアム

【オークション】
日程:7月9日(土) 14:00~
場所:シンワアートミュージアム

版画・日本画・洋画・外国絵画・工芸など、毎回多様な作品を楽しむことができるシンワの近代美術PartⅡオークション。今回もルノワール・モネ・ピカソなどの優れた版画作品や、梅原龍三郎・小磯良平・児島善三郎の絵画などがたくさん出品されます。

今日は、その中から外国絵画の作品2点をご紹介したいと思います。


756-1.jpg
LOT 756
全 惠苑 (ジョン・ヘウォン)  B.1978
『ピンク色の顔』
53.0×45.5cm
キャンバス・油彩 側面にサイン・年代(2011)
エスティメイト:\50,000~\100,000

LOT 756 『ピンク色の顔』は、韓国人の若手作家・全惠苑(ジョン・ヘウォン)の作品です。海が綺麗な韓国の釜山(ブサン)で生まれた全は、釜山大学校美術学科・同大学院を修了し、現在韓国を中心に制作活動続けている作家です。作家自身を含む人間の内面に閉じ込められた「記憶」をモチーフとして描き続けてきた全は、きわめて個人的で抽象的である「記憶」の、現在と過去との間に生じる感覚的な「隙間」に焦点を合わせています。その「隙間」とは、ある事件が起きた時点から現在までの間に起こった感情の変化、またはその事実に対する受容態度の変更をいいますが、このような過去と現在の感覚の微妙な不一致を彼女は「曖昧な差」と呼びます。もう忘れてしまった過去の感情、あるいは当時は気付かなかった気持ちにまでを改めて向き合おうとする作家の姿勢は、単なるノスタルジアではないのでしょう。本作品の、画面の中からこちら側を見つめるピンク色の顔は、どんな時代のどんな物語を語りかけているのでしょうか。


757-1.jpg
LOT 757
方 靖雅 (バン・ジョンア) B.1968
『Chicken house』
53.0×33.4cm
キャンバス・アクリル 左下にサイン・年代(2011)
エスティメイト:\50,000~\100,000

上は、もう一人の韓国人の作家、方靖雅(バン・ジョンア)の作品『Chicken house』です。韓国では最も有名な美大である弘益大学校美術学科を卒業し、東西(ドンソ)大学のDesign&IT専門大学院・映像デザイン科を修了した方(バン)は、2002年釜山青年作家賞、光州市立美術館・河正雄(ハ・ジョンウン)美術賞を受賞するなど、故郷である釜山を中心に情熱的な制作活動で注目を集めてきた若手の作家です。パブリック・コレクションとしては、国立現代美術館、釜山市立美術館などに作品が収蔵されています。方靖雅は、日常の風景の中、瞬間的に目に入ってきたある場面を独自の淡々とした感覚をもって描き出してきました。何気なく、あるいは無関心にも見える作家の視線は、「客観的な瞬間」から感じることができるユーモラスなイメージを観る者に与えます。
本作品は、最近「生」と「死」の対比に興味を持つようになったという方(バン)の最新作。画面には、キッチンでの料理には相応しくない服装の女性が鶏を手に握ったまま考え込んでいます。生命力溢れる豊かな肉体をもつ女性は、食材となった鶏が持つ「死」のイメージと強く対比されるようにも見えます。しかし、その対比とは「生」に対する「死」の排斥ではなく、むしろ生と死がわかちがたく存在するということに対する素直な受容を表すものではないでしょうか。

(執筆:W)

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