こんにちは。
今週は銀座で近代美術の下見会を開催しております。
今回も少しだけ会場をご案内いたします。
1Fは日本画を展示しています。

横山大観や加山又造の作品が充実しています。いろいろな時代とモチーフの作品が出品されますので、お好きな方はぜひご覧ください。
ホームページのトップにもなっている、Lot.62横山大観の《陶靖節》です。
会場ではこんな風に展示しております。
本当に風が吹いているようにも、山がはるか遠くにあるようにも見え、
額や軸の作品にはない奥行きと広がりを感じさせます。
B1Fは日本洋画・西洋絵画です。

レオナール・フジタや浮田克躬の作品がたくさん出品されます。
めずらしいところでは、佐野繁次郎の油彩も!
長谷川利行コーナーです。
今回は小品が多いですが、浅草風景、裸婦、花といろいろ揃っています。
どれも小さなキャンバスの中に利行らしさがぎゅっと凝縮されたような作品です。
今日も1点ご紹介します。
lot.129 藤島武二(1867-1943)
《臥婦》
30.3×53.2cm
板にキャンバス・油彩 額装
1913年作
右下にサイン
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書つき
『藤島武二画集』掲載 №48(日動出版)
藤島武二遺作展覧会(1943年 東京都美術館/朝日新聞社)出品など
エスティメイト ★2,500,000~3,500,000
重要文化財の《黒扇》や《東洋振り》で知られる藤島武二の女性像です。
藤島の制作は、人物画と風景画の二つに大きく分けられますが、主として人物画に取り組んだのは、洋画を学び始めた23歳から、皇居の御学問所に飾る作品の制作のために本格的に風景画に着手する1928(昭和3)年までの間で、様々に作風を変えながら人物、特に女性像を描き続けました。上記の2点のほかにも、装飾的でロマン主義的な《天平の面影》など、日本の近代洋画を代表する女性像の名作を数多く生み出しました。
4年に渡るヨーロッパ留学を終えて帰国した藤島は、1913年(当時46歳)の第7回文展で《うつつ》(東京国立近代美術館蔵)を発表。この作品は、本作品同様にソファーにもたれる女性をモチーフとしたもので、帰国後の作としては初めて文展という公の場で発表されたものであり、日本的な油絵を表現することに挑んだ意欲作として藤島の代表作の一つに挙げられます。
本作品は同年に描かれたものです。藤島と親しく交流し、画集の編纂にも当たった岩佐新は、本作品について「このソファーに臥す婦人は《うつつ》とは違って洋服の女であるが手の組み方などポーズからして稍々あの絵の空気と共通なものを感じられる作で、《うつつ》以前の作と思ふ。要するに《うつつ》の前奏曲と見てもいいものであらう。」※ と述べています。
本作品では、滞欧作から作風を大きく変え、フォルムを単純化し、フォーヴィスム風の大胆なタッチと明治期の装飾的な作風を思わせる芳醇な色彩で対象を捉えています。うたた寝をする女性が醸し出す甘美な夢心地や幸福感は、藤島の女性像の重要なエッセンスとも言えるでしょう。古今の西洋絵画を踏まえ、藤島は本作品において東西の融合と日本の油彩画の創造に向け、新たなスタートを切りました。
※『畫論』第22号 造形芸術社 1943年
明日はいよいよオークションです。
みなさまのご来場、心よりお待ちしています。
オークションスケジュールはこちら
(執筆:S)
続きを読む
カテゴリー別アーカイブ: 近代美術
近代美術下見会@銀座
いよいよ夏本番となってまいりました。今年も猛暑が続きそうですね。
今週は銀座で7月近代美術の下見会を開催しております。
今回は150ロットと出品作品数が多いため、久しぶりに作品が所狭しと並んでいます。
1Fは日本画と外国絵画のフロアです。

日本画ゾーンです。
今回は杉山寧のオリジナル版画原画をはじめ、東山魁夷、平山郁夫、加山又造など、
人気作家の作品が充実しています。
外国絵画はこちら。
シャガールやルノワールはぜひ会場で実物をご覧ください。
B1Fは日本洋画のフロアです。
荻須高徳やレオナール・フジタの作品がたくさん出品されます。

今回も長谷川利行の名品がずらり。
余談ですが、夏といえばビールのおいしい季節です。利行がこの作品を描いた時代は、ビールが日本酒の消費を抑え、最もメジャーなお酒になろうとする頃でした。絵を売ったお金はすぐに酒代に変えてしまったという利行も、ビールを好んだのでしょうか…。
というわけで、今日はこちらの作品をご紹介いたします。

101 長谷川利行(1891-1940)
《麦酒工場》
45.0×52.6cm
キャンバス・油彩 額装
1928年頃作
木村東介シール
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書つき
エスティメイト ¥3,500,000~4,500,000
威風堂々たる近代建築のビール工場を描いた作品です。
関東大震災の後の東京では、こうした鉄とコンクリートの巨大な造形物やモダンなビルが次々に建設されました。利行はそれらに強い関心を抱き、ガスタンクや駅、工場などをしばしば描きました。
本作品は、当時、隅田川にかかる吾妻橋を隔てて浅草の対岸にあった、大日本麦酒株式会社の吾妻橋工場をモチーフとしたものです。この建物は現在は取り壊され、この場所にはアサヒビール本社が建っています。強い正面性や尖塔を思わせる煙突などの描写は、あたかもそれがパリの街角に立つ教会であるかのような、利行の西洋的なものへの興味を窺わせます。
7月は久しぶりの近代美術オークション単独開催となります。
毎日うだるような暑さですが、ぜひ銀座での下見会、丸ビルでのオークションにお出かけください。
みなさまのお越しを心よりお待ちしています。
(執筆:S)
続きを読む
ルノワールとセザンヌ~7月近代美術オークションの印象派
“印象派Year”の今年は、マネからモネ、ルノワール、ポスト印象派のゴッホやゴーギャンまで、世界中から集められた名品を国内の美術館で観ることができます。雑誌でも印象派を特集したものをよく見かけますね。
シンワの7月の近代美術オークションにも、印象派の巨匠2人の作品が出品されます。今日はそれらをご紹介いたします。
まずはこちら。
Lot.148 ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)
《横たわる少女》
33.0×41.1cm
キャンバス・油彩 額装
1890年作
右下にサイン
Francois Daulte鑑定証書つき
Ambroise Vollard,Pierre-Auguste Renoir,San Francisco,1989,P.46 №181ほか掲載
エスティメイト ★ \40,000,000.~60,000,000
印象派を代表する画家のひとり、ルノワールは、フランス中西部リモージュの仕立て屋の家に生まれました。20歳の頃、国立美術学校に入学。同じ時期に通った絵画教室でモネやシスレーらと出会い、ともに革新的な絵画を模索していきます。戸外での制作を取り入れ始めると、眩いばかりの自然の光で画面を満たし、同時代を生きる人々の姿を生き生きと描き出しました。「印象派」と呼ばれた1870年代を経て、1890年代以降は女性美に情熱を傾けた円熟期の作風を展開します。
円熟期に差し掛かる1890年頃に制作された女性像です。ここでは「真珠色の時代」と呼ばれるこの時期の特徴が見て取れます。
それは、溶け合うようなタッチと柔らかな色調です。印象派の時代は、目で捉えた外光や空気の描写に重点が置かれていたため、モチーフはより明快なタッチと色遣いで表現されました。しかし、本作品では、少女を愛でるように優しく描き出し、その美しさを引き立てるように周囲の自然を簡略化して描いています。それゆえ、少女に光が当たっているのではなく、彼女の内側から輝きが放たれているようにも感じられます。
そして、少女のふくよかな身体や赤く染まる頬もこの時期の特徴のひとつです。これは、梅原龍三郎など、日本の画家たちが憧れた女性像のスタイルでもあります。
また、田園的なモチーフは、1880年代から取り入れ始めた題材ですが、晩年にかけてたくさん描かれるようになっていきます。パリで麦藁帽子が流行っていたから、というのもその理由のひとつですが、ダンスをする若者たちなど、時代の空気がよく伝わるようなモチーフの多かった印象派時代に比べ、ルノワールがより普遍的な美しさを求めていたためとも考えられます。
もう1点はこちら。

(表) (裏)
Lot.145 ポール・セザンヌ(1839-1906)
《樹木の習作》
紙面:15.8×15.7cm 画面:14.3×14.6cm
紙・水彩 額装
1885-1890年頃作
福島繁太郎箱
西洋美術名作展出品 1957年(京都市美術館/朝日新聞社)
三人展:セザンヌ・ルノワール・ルオー出品 1963年(新宿・伊勢丹/毎日新聞社)
John Rewald,Paul Cezanne,The Watercolors:A Catalogue Raisonne,Italy,1983,№278,catalogued P.150
エスティメイト \3,000,000.~4,000,000
ピカソの「唯一の先生」、マティスにとっての「絵の神様」といえばセザンヌです。セザンヌは「近代絵画の父」とも呼ばれ、コンテンポラリーアートも彼から始まったと言って過言ではありません。
セザンヌは、南仏エクス=アン=プロヴァンスの裕福な銀行家の家に生まれました。最初は法律を学びましたが、22歳のとき画家を志してパリへ。ピサロに出会い、印象派の絵画を制作していきます。後に再び南仏に移住し、静物画、風景画、人物画、それぞれの分野において自然の本質や永遠性を構築的に表現することを探究しました。その深い造形性は、キュビスムなどの20世紀美術に決定的な方向性を示したと言えます。
1880年代、セザンヌはしばしば南仏レスタックやエクスを訪れ、風景画に取り組みました。代表作とも称される「サント=ヴィクトワール山」の連作もこの時代に描かれたものです。りんごの静物画のイメージが強いセザンヌですが、生涯制作した作品は風景画が圧倒的な数を占めています。
本作品を描いた1885-90年頃、セザンヌは水彩画に精力的に取り組みました。印象派時代の風景画では、陽光が降り注ぐ樹木を揺らめくように軽やかなタッチで描いていましたが、この時期のセザンヌにとって樹木は画面構成上の重要な要素のひとつでした。それゆえ、均整のとれた配置で幹をしっかりと捉え、葉の茂みで空間にリズムをもたらしました。爽やかな色彩で描いた本作品においても、幹を中心に画面が構成されています。こうした構成への強い関心から、この時期のセザンヌがすでに印象派を超克し、円熟期を迎えていたことがわかります。軽やかな雰囲気の作品ですが、自然と向き合い、そこから受ける感覚をいかにして画面に実現させていくかという、セザンヌ芸術の根幹が垣間見られます。
これらの作品は10日は大阪で、21~24日は東京でご覧いただけます。
下見会スケジュールはこちら
印象派ファンのみなさまは展覧会とあわせてシンワの下見会にもぜひどうぞ!
みなさまのご来場を心よりお待ちしております。
(執筆:S)
続きを読む
松園・清方・深水 美人画の競演
5月22日(土)の近代美術オークションには、美人画の名品が多く出品されます。今回はその中から、選りすぐりの3点をご紹介いたします。
その前に、まず「美人画」のお話を少し。
「美人画」のはじまりは、江戸時代の浮世絵です。奈良や平安の頃から美しい女性を描いた絵巻や屏風はありましたが、町娘や遊女などをモデルに女性の美しさを追求するようになったのは、菱川師宣や喜多川歌麿など、浮世絵の美人絵の絵師たちでした。美人絵は、江戸時代、およそ150年に渡って流行し、百花繚乱の様相を呈しました。
しかし、幕末になると、美人絵は次第に退廃的な官能美へと向かっていき、明治に入ってから山水画や花鳥画が日本画の一ジャンルとして確立していく中で、あまり高い評価を得られませんでした。
明治時代後半、美人絵を肉筆による近代的な「美人画」として新しい感覚で蘇らせたのが、鏑木清方や上村松園です。清方をはじめ、江戸の浮世絵の流れを汲む画家たちと、松園ら、京都の円山四条派に派生する画家たちによる優れた制作と努力によって、「美人画」は日本画の重要なジャンルとして確立し、高く評価されるようになりました。
まず、「西の松園・東の清方」と称された二人の美人画の名手の作品をご紹介いたします。
Lot.98 上村松園《新蛍》
46.5×50.8cm
絹本・彩色 軸装
右上に落款・印
共箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
エスティメイト \8,000,000.~14,000,000.
上村松園(1875-1949)は京都の町家生まれ。20歳のとき竹内栖鳳に師事。初期から晩年まで、一貫して美人画を描き続け、近代の美人画を導き続けました。1948年女性としてはじめて文化勲章を受章。日常を生きる人間としての女性美を女性自身の心と眼差しで捉え、気高く描き出した画家です。
こちらはこれからの季節にぴったりの作品です。松園は初夏の風物詩・蛍を愛でる女性というモチーフを好んで描き、同じ画題では昭和4年作(山種美術館蔵)や昭和19年作(東京国立近代美術館蔵)がよく知られています。「すだれ越しの女性」は、浮世絵に多く登場する題材で、透かしの奥に女性を配することにより、余情、奥ゆかしさといった日本的な美意識を表現し、風の動き、夏の涼を演出するものです。松園はその技を学んだ上で、浮世絵の主な鑑賞者であった男性の好みに添った視点を、松園の理想とした自立した女性のそれに置き換え、計算され尽くした巧みな画面構成により全く異なる美的世界を創造しています。「一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香高い珠玉のような絵」を目指し、日本女性の美の極みを表現した松園を象徴するような作品です。
【オークション終了につき、図版は削除いたしました】
Lot.86 鏑木清方《紅筆》
114.3×50.7cm
絹本・彩色 軸装
大正3年(1914)作
右下に落款・印
共箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
エスティメイト \2,000,000.~3,000,000.
鏑木清方(1878-1972)は東京神田生まれ。13歳で浮世絵の流れを汲む挿絵画家・水野年方に師事。挿絵画家として活躍した後、1907年から官展へ本画を出品し、日本画家としての地位を確かなものにしました。関東大震災を機に東京の姿が一変すると、江戸の面影を残した明治の下町の風俗に思いを寄せ、女性をモチーフに往時の人々の情緒溢れる日常の情景を描きました。
本作品は1914(大正3)年作。1907年に文部省主催の美術展覧会(文展)が開設されると、当時の青年画家たちは画壇の登竜門としてこの展覧会での入選を目指すようになります。この時期、本画制作に精力的に取り組んだ清方も毎年文展に出品し、画家として大きく飛躍していきました。美人や風俗を描いた日本絵画の系譜を遡り、喜多川歌麿や勝川春章、鈴木春信らの浮世絵諸派をはじめ、近世初期風俗画までの伝統表現を研究した上に、清新な女性像を作り上げていったのです。本作品では、女性の黒目が印象的な顔立ちや画面いっぱいに人物を描く構図が、この時代の作風をよく示しています。若い女性が紅をさす所作が醸し出す情感と、たっぷりと波打つ着物の華やかで洗練されたデザインが魅力的な作品です。
松園や清方らの活躍で、大正、昭和の美人画は画壇において高く評価されるようになりました。彼らに続いて多くの日本画家たちが美人画を描きましたが、戦後の美人画を担った画家といえば、清方の門下生・伊東深水です。
【オークション終了につき、図版は削除いたしました】
Lot.93 伊東深水《静座》
55.0×46.0cm
紙本・彩色 額装
右横に落款・印
共シール
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
エスティメイト \3,000,000.~4,000,000.
伊東深水(1989-1972)は東京の深川生まれ。13歳で鏑木清方に師事。16歳の若さで院展、翌年には文展に入選するなど早くから頭角を現し、以降、日本画壇の中核を担い続けました。女性像に自らの理想を追求しながら、時代の風俗や流行をも描き込み、モダンで品格ある作風を展開。浮世絵の伝統を今日に受け継いだ、「最後の浮世絵系美人画家」と称される画家です。
戦後の深水が得意とした、洋髪和装のモダンな女性像です。落款・印から、昭和30年代以後の作でしょうか。この時期の深水は、色彩や線描、構図などにおいて、余分な要素を削ぎ落とすような作風へと向かっていきましたが、本作品においても無駄のないすっきりとした構成が見て取れます。ここでは、《静座》という画題の通り、女性が心を落ち着けて静かに座っている様子が描かれています。気品の漂うその姿には、深水が追求したいつの時代も変わらない日本女性の美しさの本質とともに、当時の若い女性らしい凛とした雰囲気が描き出されています。
ぜひ会場で三作家三様の美しさをご堪能ください。
みなさまのご来場を心よりお待ちしています。
下見会スケジュールはこちら
(執筆:S)
続きを読む
長谷川利行など、情趣溢れる作品群
昨日より、近代美術オークションの下見会が銀座でスタートしています。
会場には新春にふさわしい絵柄の日本画や、長谷川利行の味わい深い作品群が並んでいます。
シンワアートミュージアム1階の様子
奥に見えるのは川端龍子の作品。華麗な色彩で大空間を彩っています。
(LOT15 川端龍子《花山》¥3,500,000.~¥4,500,000.)
昔から日本画の画題として最もよく描かれてきた、春を祝う絵柄が、今回はよく揃っています。
これは伊藤小坡という女流画家が描いた、桃の節句を祝う立雛(たちびな)の作品。
(LOT5《立雛》¥600,000.~¥900,000.)
前田青邨の《紅白梅》(左/¥1,800,000.~¥2,500,000.)。
このほか、LOT7奥村土牛の《梅》やLOT19片岡球子の《わらべ梅の頃》も、春の梅を描いています。
地下一階の様子
前回のブログでもご紹介したように、長谷川利行の名品が並んだ今回のオークション。
中でも《ノア・ノア》(画面左)は利行の短い生涯の中でも最も優れた時代と言われる頃に描かれたもの。
新宿の喫茶ノア・ノアの給仕の女性を描いた作品です。
チカチカと明滅するライトの下で堂々と座る女性を、利行が貪るような視線でとらえた様子が思い浮かびます。画家はこの作品を。わずか1時間で描き上げたと言います。
地下1階の奥の壁には、坂本繁二郎、梅原龍三郎、香月泰男といった近代の巨匠の作品が並び、さながら美術館の雰囲気を醸し出しています。
こんな壁が、居間にあったらステキですね。
さて最後にひとつご紹介です。
シンワアートミュージアムの近代美術オークション下見会では、お客様がご自由に美術品の相場をお調べ頂ける、パソコンを常設しております。
簡単な操作で、シンワアートオークションに出品された過去の作品の落札データを瞬時に表示することが可能です。
ご利用はもちろん無料です!
美術品をお求め・売却の思案中といった方は、会場の作品とともに是非ご利用下さい。
(井上素子)
続きを読む
長谷川利行《カフェ・パウリスタ》
こんにちは。今週はいよいよ今年初めてのオークションです。
近代美術オークションの出品作品の中からおすすめの1点をご紹介します。
長谷川利行 (1891-1940)
《カフェ・パウリスタ》
40.7×60.3cm
キャンバス・油彩 額装
1928-29年作
右下にサイン
木村東介シール
長谷川利行遺作油繪鑑賞展(1974年・東京美術會館)
生誕100年記念 長谷川利行展(1991年・新宿小田急百貨店)
没後60年長谷川利行展(2000年・神奈川県立近代美術館)
鬼才長谷川利行と二人―熊谷登久平・矢野茫土 一関ゆかりの画家生誕百年―(2001年・一関市博物館)
エスティメイト ¥3,500,000~5,000,000
長谷川利行は、「リコウ」の愛称と放浪の画家として知られる画家です。その激情的な生き様と作風から「日本のゴッホ」とも称されています。利行は1891(明治24)年、京都に生まれました。中学時代から詩や短歌を創作し、28歳の時、私家版歌集『木葦集』を刊行。やがて独学で始めた油絵に夢中になり、1921年頃上京した後は公募展への出品を始めました。関東大震災を機に京都に戻りましたが、1926年再び上京。1927年第14回二科展で樗牛賞、翌年に第3回1930年協会展奨励賞を受賞します。住居を定めなかった利行は、簡易宿泊所などを転々としながら東京の下町を描き続けました。1936-37年には、新宿の天城画廊で集中的に作品を発表。1940年行き倒れとなり、49年の破天荒な生涯を閉じました。
本作品のモティーフとなった「カフェ・パウリスタ」は、現在も銀座8丁目にあるカフェです。100年近い歴史を持つこの老舗のカフェは、岸田劉生、高村光太郎、永井荷風、芥川龍之介といったそうそうたる芸術家や文化人たちが通った知的社交場として名高いお店です。当時のカフェは1Fにバーやサロン、2Fに食堂があるのが普通で、現在の喫茶店とはまったく別物だったそうです。利行は銀座の街をしばしば描きましたが、その中でも特にこの「カフェ・パウリスタ」を好んでいたようです。
本作品を描いた時期、利行は二科展と1930年協会展でたて続けに受賞を重ねた直後であり、人生で最も野心と夢に溢れていました。大震災から急速な復興を遂げたモダンな銀座、文化の香り高いカフェで夢を描く画家の姿を想像させる作品です。
近代美術、Jewellery&Watches下見会は明日から開催いたします。
スケジュールはこちら
銀座7丁目にありますシンワの下見会場とカフェ・パウリスタはすぐ近くです。
作品をご覧になった後は、コーヒーを楽しみながら利行の時代に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。
みなさまのご来場を心よりお待ちしております。
(執筆:S)
続きを読む
11/21東京&11/30香港 下見会@銀座
今週は、銀座にて21日の近代美術オークション(東京・丸ビル)と、30日のCouncil&SHINWA Alliance Auction(香港)の下見会を開催しています。
エントランスを入ると宝石&時計ブースです。
人気のVan Cleef & Arpelsは今、六本木の森アーツセンターギャラリーで展覧会が行われています。
今回はたくさん出品されますので、ぜひお手にとってお試しください。
B1Fの洋画コーナーには、梅原龍三郎の作品がずらり25点。
あの有名な名作も出品されますので必見です!
では、本日も近代美術オークションの出品作品の中から菱田春草の作品をご紹介します。
現在、東京の明治神宮では「特別展 菱田春草」が開催されていますが、ご覧になりましたか?今回出品される春草は、展覧会で名品をご覧になった方にもおすすめの1点です。
Lot.42 菱田春草 《蓬莱山》
26.3×19.2cm
絹本・彩色 軸装
左下に落款・印
横山大観箱
菱田春夫識
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書つき
エスティメイト ¥4,000,000.~6,000,000.
まずは春草について。
菱田春草は1874(明治7)年、長野県生まれ。1890年東京美術学校に入学し、橋本雅邦に狩野派の絵画を、川端玉章に円山派の絵画を学びました。卒業後は美術学校の教員となりましたが、岡倉天心の校長辞職とともに母校を去ります。同年、新しい日本画の創造を目指し、天心によって設立された日本美術院に参加。盟友・横山大観とともに革新的な日本画を模索していく中で、朦朧体という没骨彩色の表現法を生み出しました。
1906年、日本美術院が東京から茨城県の五浦に移転すると、大観や下村観山らと互いに影響を与えあいながら制作に励んでいきます。五浦では朦朧体の研究を推し進め、色線と点描を駆使した表現へと発展させ、画業は充実期へと向かいました。1908年視力に異常をきたした春草は、療養のため東京代々木に転居。以後、1911年に36歳という若さで亡くなるまでの短い期間に、重要文化財に指定された《落葉》や《黒き猫》などの名作を次々に生み出しました。写実を重視し、モチーフの存在感を捉えながら琳派などの伝統絵画の装飾性を取り入れるという晩年の制作は、近代日本画の基礎を確立したと言えるでしょう。
本作品は落款より1900~02(明治33~35)年頃の作でしょうか。春草が本格的に朦朧体に取り組んだ時期に当たります。題材となった蓬莱山(ほうらいさん)とは古代中国において、仙人が住むといわれた東の海上にある山で、不老長寿の妙薬があると考えられていました。日本では竹取物語で姫が皇子に出す難題の一つとしても登場し、画題としては新春や慶事の席に相応しいものとして、古来より好んで描かれました。
本作品では前景につがいの鶴が止まり、人跡未踏の境地を想像させます。霧の立ち込めて茫漠とした山峡は、中景に余白を取り、そこに深い空間の奥行きを思わせます。深山の湿潤な空気を感じさせるようなこの表現は、朦朧体の研究の成果を生かしたものです。春草の自然描写はつねに色彩感を溢れさせており、その中に統一された情趣が漂っています。
みなさまのお越しを心よりお待ちしています。
(執筆:S)
続きを読む
11月オークションの下見会スタートしました
今月は近代美術、近代美術Part2、Asian Auction Week in Hongkong(コンテンポラリー)、Council&SHINWA Alliance Auction(ジュエリー&ウォッチ)と、オークションが盛り沢山です。今週から各種オークションの下見会がはじまりました。
先日大阪での下見会が終わり、本日と明日は名古屋で近代美術とジュエリー&ウォッチの下見会を開催しています。また、8、9日はSelected Viewingということで、11月の各オークションから選りすぐりの作品を集め、台湾でも下見会を開催いたします。お近くにお立ち寄りの際は、ぜひお越しください。
下見会スケジュールはこちら
さて、本日は、11月の近代美術オークションの出品作品から、川合玉堂の作品をご紹介いたします。こちらも現在名古屋の下見会で展示中です。玉堂は愛知県生まれですので、今回の下見会は里帰りということになりますね。
《飛瀑霜葉》
138.7×50.9cm
絹本・彩色 額装
昭和15年作
左横に落款・印・年代
玉堂美術館登録あり
『歴史を築いた日本の巨匠Ⅱ 川合玉堂(下巻)』掲載 P.120 №3(美術年鑑社)
エスティメイト
★¥2,000,000.~3,000,000.
まずは川合玉堂について、簡単にご紹介します。
玉堂は1873年愛知県生まれ。1887年京都の望月玉泉門下に入門。1890年幸野楳嶺の画塾に入門し、菊池芳文、竹内栖鳳らとともに学びました。1895年幸野楳嶺の逝去にともなって、翌年から橋本雅邦に師事。1898年雅邦らに従い日本美術院の設立に参加。1907年第1回文展に出品。以降文展・帝展を中心に活躍します。1917年帝室技芸員、1919年帝国芸術院会員となり、1940年文化勲章を受章。1951年には文化功労者となりました。日本の伝統的な狩野派・四条派の技を極め、四季折々の日本の自然を描きつづけた日本画家です。自然とともに生きる人々の暮らしへの共感を素直に表現した詩情豊かな作風は、現在も高い人気を誇ります。
本作品は、文化勲章を受章した1940(昭和15)年、67歳の時に制作された作品。玉堂が、まだ終の棲家となった奥多摩に移住する前、東京・新宿区に居を構えていた時代の作です。この時期、制作は成熟期を迎え、色彩と墨とが見事に調和した傑作が次々に生み出されていきました。
題材となった山渓と瀑布は、玉堂が得意としたモチーフ。卓抜した技術で表現された風景は、写実に基づいたものでありながら「日本の美しい自然」として理想化された風景です。勢いよく流れ落ちる滝と、険しい岩壁を彩る鮮やかな紅葉には、厳しくも美しい自然の姿が生き生きと表されています。雄大な自然美とともに、大きな荷物を背負い橋を渡る点景人物を描き込むところがいかにも玉堂らしく、心を和ませます。詩情豊かな秋の情景としてまとめ上げた佳作と言えるでしょう。
(執筆:S)
続きを読む
劉生 魂の自画像
いよいよ今週水曜日10時から、シンワアートミュージアムにて、近代美術オークションの下見会がスタートします(同時にジュエリー&ウォッチもご覧いただけます)。
今日はその中から、岸田劉生の自画像をご紹介します。
LOT 15 岸田劉生《塘芽堂主人 自画像》
Est.¥700,000~ 1,000,000. 1923年作
本作品は劉生が32歳のときに描いたものです。
この年、劉生は関東大震災で神奈川県の鵠沼の自宅が半壊したため、京都に居を移しました。
京都時代の劉生は自らを「海鯛先生」(かいたいせんせい)とすら名乗り、茶屋遊びや骨董収集にいそしみました。そして自由な文人画風の日本画作品を残したことから、「デカダンの時代」と位置づけられています。
画面左上に、「塘芽堂主人 自画像 劉生 自寫」と墨書されています。塘芽堂(とうがどう)とは「唐畫(とうが)」、つまり中国の古典絵画をもじって、劉生が名づけた雅号です。後にはこの小さな居城「塘芽堂」を、「冬臥堂」、「冬瓜堂」、「飽画堂」と詠みかえました。
描かれているのは茶室での得意のポーズ。同様の構図はこの頃に多く、香を焚いて濡れ縁ごしに庭を眺めながら書に向かう画家の姿が描かれています。
シンワアートオークションでは、2005年7月の近代美術オークションに類型作品《塘芽庵主人閑居之》が出品され、人気を集めました。
この頃の劉生は、よく親しい友人に「天高く飛ぶ鷹は淋しい」と漏らしていたと言います。隠居生活の中で伝統の美を味わいながら、同時に自らの芸術が高みにあることを自負していた芸術家の姿が描かれた、味わい深い作品です。
劉生は家族や親しい知人、そして自らの肖像画を数多く描きました。自意識が強く、長時間じっとしてしなければならない肖像画のモデルに、最も適していた素材は自分だったことは疑いようもありません。
美術史家で元ロンドン・ナショナル・ギャラリー館長のケネス・クラーク氏は、“偉大な肖像画は、何よりもまず魂の記憶なのである”と述べています。
本作品は軽妙なタッチでありながら、劉生のある時期の魂が、ありのままに描かれた一点なのです。
下見会の開催日程はこちら
(井上素子)
続きを読む
名古屋下見会開催中です
こんにちは。
昼間はまだ暑い日が続きますが、朝晩は涼しくなってきましたね。
過ごしやすくなるのは助かりますが、夏が終わってしまうのは少し寂しい気がします。
さて、9月のオークションにむけて本日からいよいよ下見会が始まりました。
最初の下見会は名古屋です!
名古屋の会場では、近代美術とJEWELLERY & WATCHES、近代陶芸の一部を展示しています。
お近くにお住まいのみなさまはぜひお越しくださいね!
会場はこんな様子です。DAITEC SAKAE 6Fのクリエイトホールで明日まで開催しています!
本日も9月のオークションの出品作品から、
秋らしい日本画を1点ご紹介します。
近代美術オークション Lot.61
小川芋銭 《山田乃曾冨騰》
径58.7cm
紙本・彩色 軸装
右下に落款・印
小杉放庵箱
『河童百図』掲載 第16図(綜合美術社)
『芋銭子名作集』掲載 P.129(精華房)
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書つき
エスティメイト ★ \500,000 ~ 800,000
画題は「やまだのそほど」と読みます。
「そほど」は、古事記に登場する案山子(かかし)です。
古事記では、案山子は歩くことができませんが、天下のことを皆知っている神であった、とされています。
この作品では、案山子に向かって「私は昔、そほどという名の神様だった」と河童が語っています。
さらに河童は、「人間の世界に降りてきて河童にばけた」と続けます。
河童も案山子も本を正せば同じということになりますが、
河童が自身の由緒正しき出自を案山子に一生懸命話している様子と、
それに耳を傾ける、へのへのもへじの案山子の姿がなんとも言えずユーモラスですね。
本作品を描いた小川芋銭は、茨城県牛久の出身です。
牛久沼といえば河童伝説で有名ですよね。
幼い頃から沼に慣れ親しんでいた芋銭にとって、この地に語り継がれてきた河童は自然と絵の中に取り込まれていったのでしょう。芋銭が生涯で最も多く描いた作品は河童図でした。
そして最晩年、描き続けた河童図を『河童百図』にまとめました。
やわらかな墨の線が味わい深い本作品は、その1点です。
自然の飄々とした夢幻感を河童という伝説の動物で表現した、新しい文人画と言えるでしょう。
芋銭は河童図以外にも、のどかな農村の生活や理想郷のような自然を描きました。
彼の独特の自然観と軽妙な筆致を、横山大観や川端龍子も称賛し、酒井三良は生涯憧れ続けたと言います。
酒井三良や池田遙邨のような詩情豊かな日本画、富岡鉄斎や富田渓仙のような文人画をお好みの方にぜひお勧めしたい作品です。
来週は東京で近代美術PartⅡ、大阪で近代美術の下見会を開催いたします!
みなさまのご来場、心よりお待ちしています。
オークションスケジュールの詳細はこちら
(執筆:S)
続きを読む

