江戸中期の琳派・乾山の華やかな大平鉢【6月陶芸/古美術オークション】

こんにちは。

関東地方の梅雨入りはまだですが、近畿、東海もいよいよ梅雨入りしましたね。梅雨入り前から警報級の大雨などもあり、初夏の清々しさがあまり味わえませんでしたが、梅雨の風情を楽しめる心のゆとりを持ちたいものだなと思う今日この頃です。

さて、今週末6月14日(土)に「近代陶芸/古美術/近代陶芸PartⅡオークション」を開催いたします。

その中から今回ご紹介するのは、古美術オークションに出品されますこちらの作品です。

LOT.133 乾山《色絵草花大平鉢》 

       H12.4×D37.0cm 

       高台内に描き銘「乾山深省」

       真塗割蓋・蓋裏水蒔絵:十代中村宗哲製(銘・共箱)

               金具:中川浄益製(銘)

        ・『陶説 14 五月特別号』掲載 No.10(日本陶磁協会)

        ・「乾山名品展」出品 日本橋白木屋/昭和33(1958)年

        ・『陶磁体系 第二四巻 乾山』掲載 P.95 No.16(平凡社)【本付】

落札予想価格:¥2,500,000~¥3,500,000

 乾山(けんざん)【寛文三-寛保三(1663-1743)】は、本阿弥光悦や樂家と縁戚関係にある京都の高級呉服商・雁金(かりがね)屋の三男として生まれました。兄の光琳は、琳派を大成した江戸中期を代表する絵師です。乾山は、二十五歳という若さで隠居し、悠々自適に風雅な生活を送っていましたが、京焼きの名工と名高い仁清に陶法を学び、元禄十二年(1699)、三十七歳で鳴滝(なるたき)に築窯し作陶を始めました。鳴滝が京都の北西、乾(いぬい)の方角にあることから乾山窯と命名し、本人の通り名となったといいます。京の町衆文化を背景に育った乾山は、自らの高い芸術性を反映した新しい造形や異国趣味の新奇な意匠の作品を生み出しました。

本作は、全面に百合・薊(あざみ)・薄(すすき)・鷄頭等、春秋の野草が圧倒的な存在感で描かれた色絵の大平鉢です。絵付けもさることながら、かなりの大作で、乾山芸術の最高潮ともいえる作品でしょう。

 後の所有者が、この大平鉢を水指に仕立てており、千家十職の塗師(ぬし)・十一代中村宗哲(元斎)【明治三十二-平成五(1899-1993)】と、同じく千家十職の金(かな)もの師・中川浄益の合作《真塗割蓋・蓋裏水蒔絵》が添えられています。春秋の草花に流水が取り合わせられて、絢爛豪華な次第が整えられています。

 

 

 

 

 

 

 

また、乾山を構成する色絵とは別の大きな要素である、乾山が記した漢詩と、その漢詩をもとにした絵付けが施された向付(むこうづけ)も出品されます。

 

 

LOT.132 乾山《八角畵替向付 五人》

       各H3.3×W13.6cm

       各見込みに描き銘、各花押記

       ・『田村家蔵品展観図録もくろく』掲載 三三一 

            大阪美術倶楽部/昭和11(1936)年【目録付】

落札予想価格:¥2,700,000~¥3,700,000

 このほかにも、紀州徳川家旧蔵の中国北宋第八代皇帝・徽宗(きそう)(1082-1135)が描いた《麝香猫(じゃこうねこ)》の大幅や、重要無形美術品にも認定されている豊臣秀吉【天文五-慶長三(1536-1698)】の自筆の《茶器覚書(ちゃきおぼえがき)》が出品されます。なかなかお目に掛かれない作品も出品されますので、ぜひ下見会場、オークションへ足をお運びください。心よりお待ち申し上げております。

 

 

 

*下見会・オークション会場、スケジュール、そのほかの注目作品はこちら。

オークション前日と当日は、下見会を開催しておりませんので、お気を付けください。

 なお、ご入札は、ご来場のほか、書面入札、オンライン入札、電話入札、ライブビッディングなどの方法でも承っておりますので、お気軽にご参加ください。

                                             江口

川端龍子、大陸を描く―《北斗》

こんにちは。
新緑のまぶしい季節となりました、とよく言いますが、丸の内から見える皇居の緑は本当にまぶしいくらい鮮やかです。関東~九州地方は来月上旬には梅雨入りするようですので、この過ごしやすい季節を楽しみたいですね。

さて、来週24日(土)は、近代美術/近代美術PartⅡ/コンテンポラリーアート オークションを開催いたします。
今回も出品作品の中からおすすめの1点をご紹介いたします。
日本画の型を破るダイナミックな大作で知られる、川端龍子の掛軸です。



 180  川端龍子(1885-1966)
 《北斗》
 144.8×56.9cm(軸装サイズ252.4×79.0cm)
 絹本・彩色 軸装
 1938(昭和13)年作
 右下に落款・印
 共箱
 東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
 「第八回龍子個展 駱駝行」1938年
 (日本橋三越)出品


    落札予想価格
    ★¥500,000~¥800,000











1885(明治18)年、和歌山県に生まれた川端龍子は、19歳のとき洋画家を志し、白馬会洋画研究所や太平洋画会研究所で油彩画を学びます。その傍ら、新聞・雑誌の挿絵や漫画の仕事を手掛け、人気作家となりました。第1回・第2回の文展に連続して入選すると、さらに油彩画を研究するため、1913(大正2)年に単身渡米。ボストンに滞在中、日本の絵巻物とシャヴァンヌの壁画に深い感銘を受け、帰国後は日本画に転向します。直ちに再興院展(日本美術院)で頭角を現しましたが、主義主張の違いから脱退し、1929(昭和4)年には「健剛なる芸術」の創造を唱えて青龍社を設立。自らの理想である「会場芸術」を実践した圧倒的なスケールの大作やジャーナリズム精神溢れる先進的な作品、ときには温かく繊細な花鳥画を描き、つねに大衆に目を向け、現代に相応しい日本画のあり方を探究し続けた画家です。

    
   内蒙古の夜には北斗七星が頭の真上に燦々と輝いていた。航海者には良き見当の星座ではあ  
  るが、砂漠の船――駱駝の旅も亦この星を羅針として続けるのだそうだ。伝説の成吉思汗(ジ
  ンギスカン)の義経もその南攻西征に矢張り此の星を頂いての遠征だったろう。
            (川端龍子「出品解説」『第八回龍子個展出品目次』大塚工藝社 1938年)

満州事変以後、戦時色が次第に強まる時局の中で、1937(昭和12)年から4年間にわたり、川端龍子は中国大陸での日本の政策をテーマとした「大陸策」の四部作に取り組みました。この時期は、軍の嘱託画家として毎年中国各地を訪れ、その取材をもとに四部作の大作を自らの主宰する青龍展に出品する一方、旅先で出会った風物を描いた作品を個展で発表していきます。後者は戦意高揚のための絵画というより、中国大陸の雰囲気を国民に伝えることや大陸的心境を表現することを目的としたものであり、現代性や現場主義を重んじるという龍子のジャーナリズム精神が反映された作品群となりました。

本作は、1938(昭和13)年の中国北部への旅での取材に基づいて制作され、同年の「第八回龍子個展 駱駝行」に出品された作品です。駱駝のキャラバンという題材はまさに個展のテーマを象徴するものであり、この年の「大陸策」の連作においても、源義経とジンギスカン(チンギス=ハン)を同一人物とする説に基づき、駱駝と鎧武者を題材とした《源義経(ジンギスカン)》(第10回青龍展出品作)が制作されています。上に引用した龍子の言葉は本作に寄せられたものですが、義経=ジンギスカンに思いを馳せており、本作が《源義経(ジンギスカン)》との関連の中で描かれたことが想像できます。

そして、本作では休息を取る駱駝、旅の目印となる北斗七星が美しく輝く夜空が豪放な筆致で表されています。暈しとたらし込みの描法により、駱駝の体の形態や量感を巧みに捉えるとともに、夜空の部分に墨だけでなく金泥を刷き、地面となる部分に砂子を蒔くことで、作品の装飾性を高めています。龍子の大胆さと繊細さが同時に表現された作であり、果てしなく続くかのような夜の砂漠の壮大なスケールと旅のロマンを色濃く漂わせています。

 

 

 

 



参考図版:第10回青龍展出品作《源義経(ジンギスカン)》(大田区立龍子記念館蔵)


オークション・下見会スケジュール、オンラインカタログはこちら
ぜひ下見会で実際の作品をご覧ください。
このほかにも、オーストリアの古城を描いた東山魁夷の名作、デュフィやローランサンなど、鎌倉大谷記念美術館旧蔵の外国絵画が出品されますので、こちらも会場でご覧ください。
※23日(金)、24日(土)の下見会はございませんので、ご注意ください。

ご入札は、ご来場のほか、書面入札、オンライン入札、電話入札、ライブビッディングなどの方法でも承っておりますので、お気軽にご参加ください。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。

(佐藤)

アール・ヌーヴォーの精華 2 ドーム《スミレ文花器》ほか

こんにちは。
3月の近代美術/近代美術PartⅡ/コンテンポラリーアート オークションにご参加いただいた皆様、誠にありがとうございました。
東京はそろそろ桜の時期が終わろうとしていますが、東北や北海道はこれから見頃を迎える地域が多いと思います。今年は大雪に見舞われたので、春の訪れがいっそう喜ばしいという方もいらっしゃるのではないでしょうか。

さて、今週の12日(土)は、西洋美術/BAGS/JEWELLERY&WATCHES オークションを開催いたします。
今回は西洋美術オークションの出品作品の中から、おすすめの作品をご紹介いたします。
アール・ヌーヴォーを代表する存在であり、ガレとともにナンシー派の双璧をなすガラスメーカーとして名高いドームの作品です。

当社のオークションでも高い人気を誇るドームですが、その魅力は、徹底した自然主義に基づく精緻な装飾表現と生命の輝きを賛美するような明朗な作風にあります。
1878年、フランス北東部ロレーヌ地方のナンシーに移住したジャン・ドーム(1825-1885)は、既存のガラス工場を買い取り、日用的なガラス製品の製造を開始しました。翌年、長男のオーギュスト・ドーム(1853-1909)、1887年には三男のアントナン・ドーム(1864-1930)が経営や製造に参加します。そして1891年、ガレがパリ万博のガラス部門で大成功を収めたことに触発され、芸術性の高い高級ガラス工芸の製造に着手。装飾工房を新設し、ガラス職人だけでなく画家や彫刻家、金工作家などのスペシャリストを迎え、彼らの共同作業により、いっそう優れた作品の創作と新技法の開発に取り組みました。以後、シカゴ万博やリヨン博覧会などで受賞を重ね、1900年の第5回パリ万博ではアール・ヌーヴォー様式の作品を出品してガラス部門のグランプリを獲得し、国際的に高く評価されます。
そして、1914年に幕を開けた第1次世界大戦とその前後の時期、操業の中断、ドーム家や職人の世代交代を経て、作風はアール・デコ様式へと移行しました。さらに、第2次世界大戦後には純度の高い透明クリスタル作品の製造に力を注ぎ、それらをアール・ヌーヴォー期の技法やデザインと融合させるなど、今日に至るまで時代に即した新しい表現を探究し続けています。

 


  138   ドーム
 《鷺と水生植物文花器》
 H49.5×D22.4cm
 底部に金彩サイン
 
 落札予想価格
 ¥300,000~¥500,000


エッチングにより鷺と水草を浮彫りにし、それらを黒のエナメルと金彩で描き出した作品です。
繊細な線で描かれた鷺や水草、背景の土坡はあたかも水墨画のようであり、施された陰影は、水墨技法の隈のようです。
ガレのように、ドームが直接日本美術に触れたという記録は残されていないようですが、アール・ヌーヴォー期に巻き起こったジャポニスムの大流行に刺激を受けてドームもまた興味を抱き、作品に取り入れた様子がうかがえます。





 
 139   ドーム
 《スミレ文花器》
 H56.5×D15.4cm
    底部に金彩サイン

 落札予想価格
 ¥800,000~¥1,200,000

 
 Lot.138同様、エッチングの技法でスミ
 レを浮彫りにし、エナメル彩できわめて
 繊細に描き出した作品です。
 下部には金彩による幾何学文様が施さ
 れ、ドームがしばしば表現した自然主義
 的なモティーフと幾何学的な装飾との調
 和が見て取れます。
 なお、大きさもほぼ同じ類似作品が、ポ 
 ーラ美術館に収蔵されています。

 


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ぜひ下見会場で実際の作品をご覧ください。
このほか、今回はラリックや木製の家具類が充実しています。
※11日(金)、12日(土)の下見会はございませんので、ご注意ください。

ご入札は、ご来場のほか、書面入札、オンライン入札、電話入札、ライブビッディングなどの方法でも承っておりますので、お気軽にご参加ください。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。

(佐藤)

杉山寧「カッパドキア」の連作より 《嵤》

こんにちは。
8日の近代陶芸/近代陶芸PartⅡオークションにご参加くださった皆様、ありがとうございました。
先月は寒い日が続きましたが、3月に入り、少しずつ暖かい日が増えてきました。
東京はちょうど来週のオークションの頃に桜が咲き始めるそうです。

さて、来週22日(土)は、近代美術/近代美術PartⅡ/コンテンポラリーアート オークションを開催いたします。
今回も出品作品の中からおすすめの一点をご紹介いたします。

東山魁夷、髙山辰雄、加山又造、平山郁夫とともに「日本画の五山」と称される杉山寧(すぎやまやすし)の名品です。このたび、展覧会でしか見ることのできないような大作が出品されることになりました。



【 オークション終了につき、画像は削除いたしました 】

116   杉山寧(1909-1993)
《嵤》

155.0×190.2cm(額装178.8×213.9cm)
麻布・彩色 
1982(昭和57)年作
東美鑑定評価機構鑑定委員会鑑定証書付
落札予想価格 ¥30,000,000~¥40,000,000

文献:『杉山寧自選画集』(1989年/芸術新聞社)№58
          『現代の日本画[8] 杉山寧』(1991年/学習研究社)№91
          『杉山寧 素描聚成Ⅱ』(1992年/小学館)出品作品図版目録P.232

出品歴:「杉山寧展」1987年(東京国立近代美術館/日本経済新聞社)出品
    「杉山寧の世界―作品と素描」1992年(東京美術倶楽部/日本経済新聞社)出品
    「杉山寧展―永遠の造形を求めて―」1996年(松坂屋美術館/日本経済新聞社)出品
    「悠久なる刻を求めて 杉山寧展」2013年(日本橋髙島屋/読売新聞社)出品



杉山寧は、類いまれな描写力と堅固な造形性、理知的な画面構成により、戦後日本画の最高峰として画壇をリードした画家です。生涯を通して風景や花鳥などの様々な主題を描きましたが、2 m前後の大型作品からなる、「抽象的傾向」、「エジプト」、「裸婦」、「カッパドキア」の4つの連作は、その芸術の柱として高く評価されています。

文化勲章を受章し、顧問となる形で長年出品を続けた日展から退いた杉山は、1978(昭和53)年から1984年の間に3回にわたり、トルコ中央部アナトリア高原のカッパドキアを旅しました。
現在、世界遺産に登録されているカッパドキアは、数億年前の火山の噴火によって堆積した凝灰岩や溶岩層が長い年月をかけて浸食され形成された、世界でも類を見ない奇岩群が広がる地域。中世にキリスト教修道士が数多く住み着いたことから、岩をくり抜いた教会や住居の跡が密集し、あたかもSF映画のような非現実的な景観を呈しています。杉山は初めて訪れた際、「月の表面か、地の果てにでも来たように思われた」註1)といいますが、その奇観だけでなく、人間の歴史を果てしなく長い時の流れのほんの一瞬の出来事として飲み込んでしまう自然の壮大さにも衝撃を受けたのでしょう。

1982(昭和57)年作の本作は、杉山芸術を代表する4つのテーマのうち、「カッパドキア」連作の一点です。画題の《嵤(けい)》は山の深いさまを表す言葉です。本作では、カッパドキアの名所の一つ、ピンク色の岩が連なるローズバレー付近に取材し、夕日が岩をよりいっそう赤く染める情景を描いています。そして、砂煙をまとった険しい岩々をクローズアップし、堅牢なマチエールと美しく微妙な色彩により、荒く重厚な岩肌の質感を克明に捉え、夕日に照り映える奇岩群の圧倒的な迫力と神秘性を表しています。

また、杉山は自身の画集の中で「絵画は、決して実在するものの再表現ではない。実在する以上の生命感をもって訴えかけるものが創作できなかったら、描く行為の意味は空しい」註2)と語っていますが、本作においても眼前の風景を踏まえて自身のイメージを増幅させ、実際に「地の果て」にいるかのような、より妖しく幻想的な心象風景として表現しているようです。画業を通して追求してきた永遠なるものや悠久の美を、遥かな地球の歴史を感じさせる自然に見出した、杉山芸術の集大成と呼ぶに相応しい大作です。

オークション・下見会スケジュール、オンラインカタログはこちら

ぜひ下見会場で、この大迫力を体感してください。
また、今回は杉山寧のほかに東山魁夷や髙山辰雄、加山又造らの日本画も出品されます。さらに、モネやルノワール、カンディンスキーなど、西洋美術の巨匠たちの作品も揃っています。こちらもぜひ会場で実際の作品をご覧ください。
※21日(金)、22日(土)の下見会はございませんので、ご注意ください。

ご入札は、ご来場のほか、書面入札、オンライン入札、電話入札、ライブビッディングなどの方法でも承っておりますので、お気軽にご参加ください。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。

(佐藤)

 

註1)杉山寧『現代の日本画[8] 杉山寧』学習研究社 1991年
註2)杉山寧『杉山寧』文藝春秋 1982年

3月近代陶芸―名工の二人・三輪壽雪と金重陶陽

こんにちは。

先週の暖かさから冬に逆戻り。花粉も飛び始めましたが、やはり春の暖かさが待ち遠しいですね。

 

さて、今週末8日(土)に「近代陶芸/近代陶芸PartⅡオークション」を開催いたします。

今回は、なんと51作品もの茶碗が出品されます!鈴木蔵、細川護熙、荒川豊蔵、岡部嶺男、加藤唐九郎などなど…名工の作品が目白押しです。ここでは十一代三輪休雪(1910-2012)の隠居後の作品、三輪壽雪時代の作品をご紹介いたします。

三輪壽雪(じゅせつ)(1910-2012)は、萩の名門・三輪家に九代雪堂の三男として生まれました。兄の十代休雪(休和)の跡を継ぎ、十一代休雪として活躍し、1983年には萩焼で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。その後2003年に長男龍作に代を譲り、号した名が壽雪です。

LOT.217 三輪壽雪「鬼萩わり高台茶碗 銘 一」
H10.5×D17.2cm
胴部に掻き銘「寿」
共箱
「人間国宝 三輪壽雪 碧心展」出品 日本橋三越本店/2006(平成18)年
落札予想価格:★(成り行き)200万円~300万円

 本作は、2011年、壽雪が101歳の時に「一」と銘振りした茶碗です。大きく開いた口と、オブジェかのように主張しているごつごつした高台が、とにかく目を引きます。白と黒のコントラストは美しく、黒い部分は、鉄分が多く含まれている萩沖の見島の土を溶かし下塗りされたもので、その上から白釉(しろぐすり)を掛け、あとは亀裂が自然に入るに任せ、この景色は作られています。晩年になるにつれ、どんどん大きくなっていく茶碗は、壽雪の心の広さ、大きさを表すかのようです。陶芸研究家・評論家の林屋晴三(1928-2017)からは、「茶が飲めない茶碗があってもいいんじゃないか」註1)と評価されました。例え四苦八苦しながらでも、手に持ち茶を楽しみたくなる不思議な魅力ある茶碗です。

 

註1)『萩焼の造形美 人間国宝三輪壽雪の世界』 図録:三輪壽雪インタビューより 東京国立近代美術館工芸館他/2006年

 

LOT.143 金重陶陽「備前蓮ノ葉皿」
 W31.6cm
 底部に印銘「(ふんどう)」
 金重晃介箱 ホツ有
落札予想価格:★(成り行き)10万円~15万円

60歳で備前焼作家として初の重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された金重陶陽(1896-1967)は、備前焼中興の祖として知られています。幼い頃から天賦の才を持っていた陶陽は、花鳥などの細工物を得意としていた“でこ師“(細工師)である父に師事しました。その時代の備前焼と言えば、細工物(型物)が主であり、陶陽も24歳の若さで細工物の名工と言われるようになります。型で取った鳥や獅子に、後から毛を一本一本手書きする精緻な表現技法は、他の作家より抜きん出ていたといいます。

LOT.143も型物の蓮皿に葉脈を丹念に描いており、底部の中央には、蓮の茎もしっかりと付けられています。上面は三つの牡丹餅と変化に富んだ窯変が見られ、どの面からもじっくりと鑑賞したくなる逸品です。さらにその薄さを見れば、だれが見ても卓越した技術があることは一目瞭然です。LOT.146の向付は、印(手印)(てしるし)が入れられていないことから考えると、さらに初期作品なのかもしれません。陶陽の初期作品はなかなか出品されませんので、その技量の高さが顕著に窺える作品をご覧ください。

LOT.146 金重陶陽「備前公孫樹向付 五客」
 各H6.9×W14.7cm
 金重晃介箱 一客ナオシ有、三客ホツ有
 落札予想価格:★(成り行き)15万円~25万円

 

*下見会・オークション会場、スケジュール、そのほかの注目作品はこちら。

オークション前日と当日は、下見会を開催しておりませんので、お気を付けください。

ここに紹介していない作品も名工たちの技術が冴えわたるものばかりです。ぜひ下見会場に足をお運びください。

 なお、ご入札は、ご来場のほか、書面入札、オンライン入札、電話入札、ライブビッディングなどの方法でも承っておりますので、お気軽にご参加ください。お待ちしております。

                                        (江口)

 

日本の近代彫刻の巨匠 平櫛田中《良寛上人》と佐藤玄々《鼠》

こんにちは。
11月も後半となり、いよいよ秋が深まってまいりました。
丸の内の街路樹も色づきはじめ、先日から名物のイルミネーションも点灯しています。

さて、今週23日(土)は、近代美術/近代美術PartⅡ/コンテンポラリーアートオークションを開催いたします。
今回は出品作品の中からおすすめの木彫作品を2点ご紹介いたします。




   103   佐藤玄々
 《鼠》
  H24.8×W9.7×D8.0cm
     木彫・彩色
  下部に刻銘
  共箱 
 
  落札予想価格 ¥1,500,000~¥2,500,000


佐藤玄々(1888-1963)は、東京・日本橋三越本店のホールを飾る極彩色の巨大な木彫像《天女像》でおなじみの彫刻家です。
1888(明治21)年、福島県の宮彫師の家に生まれた玄々は、幼い頃から木彫の手ほどきを受け、17歳の時に彫刻家を志して上京し、山崎朝雲に入門します。1913(大正2)年の独立を機に朝山と号し(1948年に玄々に改号)、翌年から日本美術院に参加。1922年、同院の留学生として渡仏し、ブールデルに師事するとともにエジプトやエトルリアの彫刻を研究しました。帰国後は西洋の彫塑表現を伝統的な木彫に取り入れ、日本の神話や動物などを題材とした作品を追求しました。

玄々といえば、精緻な観音菩薩像のイメージがありますが、猫や鳥、兎などの小動物を中心とした動物彫刻もまた重要な主題の一つです。野鼠を題材とした本作は、下部に刻まれた「玄々作」の銘より、1948(昭和23)年以降に制作されたものでしょう。両手でどんぐりをしっかりと抱え、頬張る姿が愛嬌たっぷりに表されています。量塊感と丸みのある造形、全身を覆う被毛と手足の緻密な表現が巧みで、小さな体のぬくもりや小刻みに体を揺らして無心に食べる様子を想像させます。さらに、特筆すべきは玄々の動物彫刻の特徴の一つ、動物本体と一体となり、モティーフの一部として彫刻が施された台座でしょう。本作では、野鼠が土の中に長く伸ばした尾や食料として貯蔵したどんぐりを台座に彫出し、彼らの暮らす地中の断面を表しており、玄々の機知に富んだ構成と卓抜した技術が発揮されています。


 

 

 

 

 

 


背面:丸いおしりがなんともかわいらしく、                      参考:代表作の《天女像》
          今にも動き出しそうです。



【オークション終了につき、画像は削除いたしました】

104 
平櫛田中
《良寛上人》H29.3×W39.4×D24.3cm
木彫・彩色
1968(昭和43)年作
底部に刻銘・年代・画題
共箱
平櫛弘子証明書付
「パリ展帰国記念 生誕125年
平櫛田中展」1997年(日本橋
三越/朝日新聞社)出品

落札予想価格
¥2,000,000~¥3,000,000



平櫛田中(1872-1979)は明治、大正、昭和を通して日本の近代彫刻を牽引し、100歳を過ぎても現役で活躍し続けた彫刻家です。その長きにわたる制作活動は、日本の近代彫刻の歩みを体現するものと言っても過言ではないでしょう。

1872(明治5)年、岡山県に生まれた平櫛田中は、22歳の時に大阪の人形師・中谷省古に入門し、その後上京して高村光雲の指導を受けました。光雲のもとでは、西洋の塑像の研究にも励みながら写実を追求し、やがて岡倉天心や禅僧・西山禾山の知遇を得て、仏教や中国の故事を題材にした精神性漂う作品を制作していきます。1914(大正3)年、再興第1回院展から日本美術院に参加し、昭和期には彩色像や寄木造りに挑み、107歳で没するまで数多くの名作を生み出しました。

本作は1968(昭和43)年に制作され、「パリ展帰国記念 生誕125年平櫛田中展」(日本橋三越)に出品された作品です。モティーフの良寛(1758-1831)は江戸後期の禅僧・歌人で、生涯寺に属さず諸国を行脚し、後に故郷の新潟県・国上山の庵に隠棲して和歌や書、漢詩の創作を行った人物。田中は仏像だけでなくこうした肖像彫刻を得意とし、中でも良寛の無欲高潔な人柄を尊敬し、度々題材としました。本作では良寛の自画像を参考とし、畳に座して万葉集を読みふける姿とその飄々とした細面の風貌が巧みに表されています。わずかに頭を傾けて視線を落とし、右手で本を抑える様子は、静かな夜に灯りの下で読書に集中する良寛の存在感を感じさせ、田中の徹底したリアリズムをうかがわせます。



【オークション終了につき、画像は削除いたしました】

背面:老熟した佇まいです。老若男女に親しま
            れ、敬われたという良寛のお人柄を想像さ
      せます。

 

下見会場では、二人の木彫の巨匠の優れた彫刻技術をぜひ間近でご覧ください。

オークション・下見会スケジュール、オンラインカタログはこちら

※22日(金)、23日(土)は下見会を開催しておりませんので、ご注意ください。

ご入札は、ご来場のほか、書面入札、オンライン入札、電話入札、ライブビッディングなどの方法でも承っておりますので、お気軽にご参加ください。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。

(佐藤)

岸田劉生の芝居絵―《芝居絵(伝九郎 朝比奈)》

こんにちは。
9月に入っても暑い日が続きますね。まだ熱中症になる方も多いようなので、くれぐれも気を付けてお過ごしください。
さて、来週21日(土)は近代美術/近代美術PartⅡ/Contemporary Art/近代陶芸/近代陶芸PartⅡオークションを開催いたします。
今回は出品作品の中から、珍しい1点をご紹介いたします。

重要文化財の《道路と土手と塀(切通之写生)》(1915年作、東京国立近代美術館蔵)や《麗子微笑》(1921年作、東京国立博物館蔵)など、様々なジャンルに日本の近代美術史を代表する名作を残した、岸田劉生の油彩による芝居絵です。




【画面右上】
伝九郎  長うた
朝比奈  芳村伊四郎
劉生
うつ須


 

 

 

 

 

 

 302 岸田劉生(1891-1929)
《芝居絵(伝九郎 朝比奈)》
22.2×15.6cm
板・油彩 額装(額装サイズ67.5×58.3cm)
1922(大正11)年頃作
劉生の会登録証書付

『岸田劉生画集』(1980年/岩波書店)参考53掲載
『アサヒグラフ 別冊美術特集 岸田劉生』(1986年/朝日新聞社)№58掲載
『岸信夫作成「岸田劉生の作品に関する私ノート」一九一五-一九二九・郡山市立美術館研究紀要第3号』(2003年/郡山市立美術館)p.110 №59掲載
「歿後二十五年記念 劉生展」1955年(銀座松坂屋/産業経済新聞社)出品
「秘められたコレクションによる 岸田劉生激情の生涯展」1985年(笠間日動美術館/読売新聞社)出品

 落札予想価格 ¥2,000,000~¥3,000,000

 

1917(大正6)年2月から1923年9月まで、岸田劉生は神奈川県鵠沼(現・藤沢市)に居を構え、創作活動を行いました。鵠沼では、代表作となった「麗子像」や「村娘図」の連作のほか風景画や静物画に取り組み、生涯において最も充実した画業を展開しました。そして、その後期には歌舞伎を題材とした芝居絵や日本画の制作にも着手するなど、作風は次第に東洋的な色合いを強めていきます。

劉生の鵠沼時代の東洋趣味を最もよく示すものとして知られるのが、歌舞伎への傾倒です。芝居好きの妻や白樺派の画家たちの影響を受け、歌舞伎に惹かれるようになった劉生は、1920年頃より東京の新富座や市村座などに足繁く通い、歌舞伎役者や舞台の一場面、劇場内の風景を油彩で描くとともに、しばしば劇評や演劇論を雑誌などに寄稿しました。

 本作はその一連の芝居絵の一つで、1922(大正11)年12月16日に制作された油彩画です。この日の劉生の日記には、「横浜座に新富座連の芝居をみに行く日」註1)とあり、「はじめが艸ずり引き(草摺引)で伝九郎と亀蔵のおどり たてうた(立唄)は伊四郎 伝九郎の朝日奈わりによく出来たり 何しろ古典的な面白いものであった。(中略)スケッチをとる」註2)と観劇の感想が書かれています。これにより、本作は鎌倉時代の敵討ちを題材とした曽我物の演目に感銘を受けて描いたものとわかります。劉生はサムホール作品用の画材一式を収納した絵具箱を劇場に持ち込み、スケッチと称して油彩画を制作することがあり、本作もサイズや勢いのある筆致から劇場内で描かれた作品でしょうか。

 本作では、六世中村伝九郎演じる小林朝比奈(朝比奈三郎)の派手な装いや個性豊かな表情を浮世絵の大首絵のように強調し、クローズアップして表しています。その背後に描かれているのは、画面右上の書き込みより唄方の芳村伊四郎です。劉生はこの時期、「麗子像」において追求した世俗的で猥雑、グロテスクな美を歌舞伎や浮世絵の中にも見出しており、劉生の言葉でいうその「卑近美」や「でろり」とした味わいを、観劇による高揚感とともに描き出した作品と言えます。


註1)註2)岸田劉生「日記三」『岸田劉生全集 第七巻』岩波書店 1979年

サムホールサイズの画面に、劉生が虜になった歌舞伎独特の妙味がぎゅっと込められています。
ぜひ下見会場で実際の作品をご覧ください。
オークション・下見会スケジュール、オンラインカタログはこちら

※20日(金)、21日(土)は下見会を開催しておりませんので、ご注意ください。

ご入札は、ご来場のほか、書面入札、オンライン入札、電話入札、ライブビッディングなどの方法でも承っておりますので、お気軽にご参加ください。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。

(佐藤)

告発するシュルレアリスム―山下菊二《戦争人間》

こんにちは。
先月の近代陶芸/古美術/近代陶芸PartⅡオークションにご参加いただいた皆様、ありがとうございました。本州はまだ梅雨の最中ですが、真夏のような猛暑日が増えてきましたので、熱中症にはくれぐれもお気をつけください。

さて、来週20日(土)は近代美術/近代美術PartⅡ/Contemporary Art/MANGA オークションを開催いたします。
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月のブログでは伊藤久三郎の作品を取り上げましたが、今回もシュルレアリスムの画家の作品をご紹介いたします。日本のシュルレアリスム、戦後のルポルタージュ絵画を代表する存在として知られる山下菊二のグワッシュ作品です。


【 オークション終了のため、画像は削除いたしました 】

140  《戦争人間》
31.8×44.4cm(額装サイズ43.3×55.2cm)
紙・グワッシュ 額装
1967(昭和42)年作
左下にサイン・年代
山下菊二鑑定登録委員会鑑定登録証書付
『山下菊二画集』(1988年/美術出版社)№127
落札予想価格 ¥800,000~¥1,200,000


1919(大正8)年、徳島県に生まれた山下菊二は、後に版画家となった兄・董美(くんび)の影響を受け、幼い頃より絵画に興味を持ちました。1937(昭和12)年に香川県立工芸学校金属工芸科を卒業後、上京して福沢一郎絵画研究所に入所。福沢のもとでダリやエルンスト、ボッシュなどを知り、シュルレアリスム絵画を描き始めます。戦時中は二度召集されて兵役に服し、終戦後の1946年には日本美術会や前衛美術会の結成に参加。1950年頃、映画製作会社を辞めて画家活動に専念し、以後は個展やグループ展を中心に作品を発表しました。《あけぼの村物語》(東京国立近代美術館蔵)や《新ニッポン物語》など、実際に起きた事件に取材したルポルタージュ絵画で知られ、シュルレアリスムの手法と日本の土俗的なイメージを用いて、戦争や差別など、様々な社会的、政治的問題を凝視し、異議を唱える作品を描き続けました。


「暴殺状況に直面しながら、何等の抵抗もなし得なかったことに対する自己啓発と、国家権力への告発を持続的に追求することによって、〈戦争告発〉をわがライフ・ワークとしなければならないと考えています」(山下菊二「命と金鵄勲章が天秤に」『月刊絵本』19758月号)

戦時中にやむなく暴力の加害者、傍観者となってしまったことに終生自責の念を抱き続けた山下は、上の言葉の通り、「戦争告発」を自らの芸術のテーマとしました。世界が新たな戦争の最中にある1967(昭和42)年に制作された本作も、タイトルよりこのテーマに基づく一点と考えられます。

画面中央や右端に表情のない人形のような裸の人間像が表され、彼らはその背後にいる得体の知れない妖怪のようなものに長細く伸びた手足を絡め取られています。妖怪のようなものは、様々な物質を取り込んで巨大化したかのようであり、こちら側を鋭く睨む眼、どこかユーモラスな大きな顔、人間の体の一部や鳥の骨などが渾然一体となっています。妖怪や霊的なものは、山下が生まれ育った土地の風土性を想像させますが、本作では戦争自体や妄信的に戦争に向かっていく国家を暗示しているのでしょうか。また、鳥は山下が自宅でふくろうたちとともに暮らし始めた1960年頃よりしばしば描かれるようになったモティーフです。このように各モティーフは具象的に表されていますが、それぞれの関係性やそこにある物語、具体的な事件などを画面から見出すことはできません。それは、年月を経ても色褪せず、悪夢のように増幅していく山下自身の内なる戦争のイメージをシュルレアリスムの手法で表したものと言えるでしょう。


ぜひ下見会場で実際の作品をご覧ください。
オークション・下見会スケジュール、オンラインカタログはこちら

下見会・オークション会場は、千代田区丸の内2-3-2 郵船ビルディング1Fとなります。
 1920日は下見会を開催しておりませんので、ご注意ください。

このほか、近代美術オークションには、前田青邨、福田平八郎、日本画の五山(東山魁夷・杉山寧・髙山辰雄・加山又造・平山郁夫)、レオナール・フジタ、松本竣介などの作品が出品されます。

ご入札は、ご来場のほか、書面入札、オンライン入札、電話入札、ライブビッディングなどの方法でも承っておりますので、お気軽にご参加ください。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。

(佐藤)

きれい寂びの漆器《不昧公好 菊棗》と、 華やかな漆器・松田権六《千鳥蒔絵中次》

こんにちは。

今年も各地でいよいよ梅雨入りが始まりましたね。

紫陽花の開花前線も北上しており、6月らしい季節となってきました。

 

さて、今週末に「近代陶芸/古美術/近代陶芸PartⅡオークション」が開催されます。

今回はその中から漆芸作品についてご紹介したいと思います。

漆器制作が盛んな土地といえば、石川県です。石川県は輪島塗をはじめ、山中塗、加賀蒔絵の金沢漆器など伝統技術が今日まで受け継がれてきています。今年初めの震災で大きな被害を受けられたと思いますが、以前のように漆器制作が潤うことを願わずにはいられません。石川県の中でも金沢市では1978(昭和53)年から名誉市民の認定が行われていますが、第一号に認定されたのは、漆芸作家の松田権六(ごんろく)でした。

■LOT.122 松田権六《千鳥蒔絵中次》
H7.6×D7.3cm
高台内に銘「権六作」
1970(昭和45)年作
二重共箱
・「松田権六展」出品 東京国立近代美術館 / 1978(昭和53)年
・「松田権六展」出品 石川県立美術館他 / 1987(昭和62)年
・『人間国宝シリーズ21 松田権六 』掲載 図版46(講談社)
落札予想価格:150万円~250万円

       1896(明治29)年に金沢市で生まれた松田権六は、加賀蒔絵を近代の作家作品として昇華させました。権六は7歳のころから、仏壇職人であった兄から蒔絵制作を習い始めています。1914(大正3)年に石川県立工業学校(漆工科描金部)を卒業し、同年には東京美術学校(現東京藝術大学)の漆工科に入学しました。卒業後、同学校の助教授となり、法隆寺夢殿内に新調した救世観音の厨子の漆塗装監督を務め、戦後には東京藝術大学の教授に就任し、正倉院御物の髹漆品調査を行うなど国を代表とする漆芸作家になりました。そして1955(昭和30)年に蒔絵の技術で重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定され、漆の神様“漆聖”と謳われるまでに至りました。

 

本作は、1970(昭和45)年に制作された中次(なかつぎ)と呼ばれる薄茶器です。蓋には、青貝(鮑の貝殻)が玉虫色に輝いている部分が使用され、鑑賞者を引き込む美しさがあります。また側面は、研出(とぎだし)蒔絵という技法を用いて流水紋が描かれています。研出蒔絵とは、漆で文様を描き、その漆が乾く前に金銀の粉を蒔いて乾いた後に粉固めし、その上から再度漆を塗って乾燥させ、研いで文様を表す技法です。権六は、荒い粉を使用するという工夫を行い、研出蒔絵に取り組んだことで知られています。古来の技法を研究し、さらに独自に進化させた巧みな技が詰め込まれた作品と言えるでしょう。

そして、古美術オークションでは、華やかな蒔絵とは違い、闇(やみ)(黒)蒔絵と呼ばれる技法で制作された棗が出品されます。

■LOT.51 《不昧公好 菊棗》
H7.6×D7.4cm
蓋裏に松平不昧在判
松浦家貼紙
『肥前松浦伯爵家蔵品目録』掲載 二八四 東京美術倶楽部 / 昭和2(1927)年【目録付】
落札予想価格:50万円~80万円

 闇(黒)蒔絵とは、盛り上げた黒漆で絵を描き、その上からまた黒漆を塗ったもので、華やかな蒔絵の棗とは異なり、漆黒のなかにほのかに浮かび上がる文様が優美な蒔絵です。本作品は、江戸中期の大名茶人であり、石州流不昧派を創始した出雲松江藩(現・島根県)七代藩主・松平不昧(ふまい)【宝暦元-文政元(1751-1818)】が自分の好みの意匠を、漆工に指示し作らせたものです。不昧には、原羊遊斎や小島漆古斎といったお抱えの漆工がいたことでも知られています。本作の作家はあきらかではありませんが、かなりの技量を持った漆芸家であると言えるでしょう。

旧蔵者は、肥前国平戸藩(現・長崎県)の旧藩主・松浦(まつら)家。松浦家は、不昧と同じく石州流から武家茶道鎮信(ちんしん)派を創始した松浦鎮信(しげのぶ)【元和八-元禄十六(1622-1703)】を筆頭に、多くの茶に優れた藩主を輩出しました。本作は武家茶道の「きれい寂び」に見合い、大切に伝世されてきたことが分かります。

 

そのほかにも、加守田章二《青い壷》落札予想価格:500万円~800万円や、『大正名器鑑』に掲載されています《唐物茶入 鶴子》落札予想価格:1,500万円~2,000万円など、なかなか見ることのできない作品も出品されますので、ぜひ下見会場へ足をお運びください。

 

*下見会・オークション会場、スケジュール、そのほかの注目作品はこちら。

オークション前日と当日は、下見会を開催しておりませんので、お気を付けください。

 なお、ご入札はご来場のほか、書面入札、電話入札、オンライン入札、ライブビッディングなどの方法でも承っておりますので、お気軽にご参加ください。お待ちしております。

 

 

                                                   (江口)

 

伊藤久三郎の抽象―《作品 N621》、《Moraine》

こんにちは。
新緑が目に鮮やかな季節となりました。
先月の西洋美術、BAGS/JEWELLERY&WATCHESオークションにご参加くださった皆様、誠にありがとうございました。

さて、今週25日(土)は近代美術/近代美術PartⅡ/Contemporary Art/Watch オークションを開催いたします。
皆様は、伊藤久三郎という画家をご存じでしょうか。
日本のシュルレアリスムを代表する画家の一人、あるいは抽象絵画の先駆的な存在としてご記憶されている方もいらっしゃるかもしれません。海外を含め、オークションではあまり見かけることがなく、当社のオークションに出品されるのもなんと24年ぶりとなります。
今回は伊藤の抽象絵画が2点出品されますので、ご紹介いたします。

伊藤久三郎(1906-1977)は京都市に生まれ、京都市立美術工芸学校予科から京都市立絵画専門学校(現・京都市立芸術大学)へ進み、10年間にわたり日本画を学びました。卒業後は前衛的な油彩画を描くことを志向し、上京。一九三〇年協会洋画研究所(後の独立美術協会)に入所し、第16回二科展にフォーヴィスムの影響を示した作品を出品し、初入選します。1933年頃からはシュルレアリスムの夢幻的な作風に転じ、二科会内に結成された前衛画家たちのグループ、九室会に参加。吉原治良や山口長男とともに日本の前衛芸術をリードする存在となりました。戦時下の1944年には京都に拠点を移し、終戦後は行動美術協会に参加します。この頃より抽象絵画に取り組み、1957年には第4回サンパウロ・ビエンナーレに出品し、抽象表現の世界的な流行の中で活躍しました。1960年代からは絵具を厚く盛り、引っ掻き、穴を開けるなどの実験的な表現やグラフィカルな作品を展開し、画業を通して新しい芸術を追求し続けました。


【 オークション終了につき、画像は削除いたしました 】
     
  202
《作品 N621》
              145.4×112.4cm(額装サイズ146.7×113.5cm)
    キャンバス・油彩  額装
    1962年作
    右下にサイン・年代
    裏木枠に署名
   「第17回行動美術展」(1962年/東京都美術館)
    出品
   「伊藤久三郎―透明なる叙情と幻想展」1995年
   (財団法人品川文化振興財団O美術館)出品

    落札予想価格 ¥300,000~¥400,000


【 オークション終了につき、画像は削除いたしました 】
   
    203  《Moraine》 
               144.7×112.0cm(額装サイズ146.2×113.5cm) 
               キャンバス・油彩 額装
    1967年作
     左下にサイン・年代
    裏木枠に署名・タイトル
    『伊藤久三郎画集』
    (1980年/成安女子短期大学総合芸術研究所)№147
 
    落札予想価格 ¥200,000~¥300,000



伊藤はシュルレアリスムや抽象絵画などの多様な画風を展開し、先駆的な前衛画家の一人として独特の存在感を放ちました。その作品は「夢で見た世界」や「偶然に思いついたアイデア」註1)をもとに、欧米の現代美術に関する豊富な知見を生かした理知的な画面構成と豊かな詩情によって造形化されたものです。

本オークションの出品作品、LOT.202《作品 N621》とLOT.203《Moraine》は、ますます多様性に富んだ作風が示された円熟期の作品です。
1962年作のLOT.202は、同年に開催された第17回行動展の出品作。毛羽立つようなざらついた赤の絵具と厚く盛り上げられた黒い点の集合により触覚的なマチエールが形成されています。そのマットな質感の中に散見される艶が生々しさを感じさせ、赤と黒の深層にあたかも何かが蠢いているかのようです。

そして、1967年に制作されたLOT.203には、氷河によって運ばれた岩石、砂などの堆積物を意味する《Moraine》というタイトルがつけられています。四角形とそれを囲む枠の構成の中に、綿棒のような白い線が立体的でリズミカルに表されており、それらの歪みのあるフォルムとLOT.202同様のざらついたマチエールは、伊藤芸術独特のユーモアやあたたかみを感じさせます。「夢で見た世界」註2)を様々なイメージや記号と結びつけて統一的な絵画空間を構成するという伊藤の制作過程をうかがわせる作品と言えます註3)。

 
ぜひ下見会場で実際の作品をご覧ください。
オークション・下見会スケジュール、オンラインカタログはこちら

※下見会・オークション会場は、千代田区丸の内2-3-2 郵船ビルディング1Fとなります。
 24、25日は下見会を開催しておりませんので、ご注意ください。

また、近代美術オークションでは、速水御舟、前田青邨、日本画の五山(東山魁夷・杉山寧・髙山辰雄・加山又造・平山郁夫)、黒田清輝、坂本繁二郎、国吉康雄、梅原龍三郎、ジョルジュ・ルオー、ピエール=オーギュスト・ルノワールなどの作品が出品されます。

ご入札は、ご来場のほか、書面入札、オンライン入札、電話入札、ライブビッディングなどの方法でも承っておりますので、お気軽にご参加ください。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。

(佐藤)

 

註1)「伊藤久三郎エスキス展」京都新聞 1971年8月27日
註2)前掲註1
註3)乾由明「伊藤久三郎の芸術」『伊藤久三郎画集』成安女子短期大学綜合芸術研究所 1980年