月別アーカイブ: 2008年8月

生活空間とアート―「舟越桂 夏の邸宅」展より

本日は、素敵な展覧会をご紹介致します。

東京都港区白金に、美しい緑に囲まれたアール・デコ様式の邸宅があります。かつては朝香宮(あさかのみや)様がお住まいになられた洋館は、現在、広大な庭園に囲まれた美術館に生まれ変わり、展示される時々のアートと共に、鑑賞者を包み込んでくれます。

東京都が運営するその美術館・東京都庭園美術館では現在、「舟越桂―夏の邸宅―」展を開催しています。かねてからここの雰囲気に憧れていて、舟越桂さんの作品も好きな私は、この展覧会を長いこと楽しみにしておりました。そして先日、展覧会のギャラリートークを聴いて参りました。霧雨の降りしきる中、大木が緑のトンネルのようにカーブを描くエントランスを抜けていくと、パッと空間が開けて美術館が現れます。

美術品をお求めになるお客様と接していて、よく「この作品はどんな風に展示したら良いかね」と、質問を受けます。そんな時、私はよく東京都庭園美術館での展覧会を思い起こします。真っ白なホワイトキューブの中に展示されている美術館と違って、ここはかつての生活空間に、アートが設置されるからです。

今回の「舟越桂展」では、大広間や書斎、あるいは浴室(《言葉をつかむ手》が二階浴室に展示)まで利用して、木彫やドローイングが展示されています。溜息がこぼれるような素敵な生活空間に、澄んだ瞳のスフィンクスが佇んでいる姿は、展覧会が開催される日を心待ちに想像を膨らませていた私の期待をはるかに上回る美しさでした。

作家を代表するモティーフのスフィンクスについて、ギャラリートークではいくつかの逸話をご紹介くださいました。
テーバイの町のはずれに住むスフィンクスは、通りがかりの旅人に謎かけをします。
「朝は四本足、昼は二本足、そして夜には三本足になるものは何だ?」
この難問を、オイディプスという英雄が解きます。
「それは、人間だ。生まれた時は四つん這いで、成人すると二本足で歩く。やがて老いると杖をついて三本足になる。」

あるいは、詩人のノヴァーリスはこんな物語を作ったそうです。
スフィンクスはある日、女の子にこんな謎かけをします。
「世界を知ることとは?」
女の子はこう答えます。
「それは自分を知ることです。」

舟越桂は1984年からスフィンクスを発表するようになったそうですが、「スフィンクスは人間の世界の外から、人間とは何かを問いかけているのだ」と語ったのだそうです。これらの彫刻が、女でも男でもなく、人間でもないのは、それを限定していないからなのです。
舟越はノヴァーリスの物語に触発されて、スフィンクスのイメージを膨らませたということです。
この話を聞いてから、スフィンクスの大理石の瞳を覗き込むと、「自分とは、人間とは」という疑問に駆られます。アート作品は、こうした、慌ただしい日常生活の中ではなかなか到達できない、本質的な問題にふれるきっかけを与えてくれるものでもあるのですね。

アートをご自宅でコレクションされる方には、今回の「舟越桂―夏の邸宅―」展は、ぜひご覧になることをお勧めいたします。ドローイングや版画の展示方法も、素敵ですよ。


<展覧会概要>
「舟越桂 夏の邸宅アール・デコ空間と彫刻、ドローイング、版画」
会期:7月19日(土)―9月23日(火・祝)
開館時間:午前10時-午後6時(入館は午後5時30分まで)
休館日:第2・第4水曜日(7/23、8/13、9/10)
場所:東京都庭園美術館(〒108-0071 東京都港区白金台5-21-9)
URL: http://www.teien-art-museum.ne.jp/


さて、優れた美術品を多く取り扱う9月近代美術オークションでは、このように鑑賞者に思索を巡らさせるような作品も出品されています。
たとえば、佐伯祐三《塔の見える風景》は、自分の芸術的オリジナリティを追求する切迫感に満ちています。カンディンスキー《CUBE》は、これが物質を超えた表現の一つの答えなのかと思うと不思議な印象を受けます。雨宮敬子《静虚》は、「静虚」とはどんな状態なのだろうと想像してしまいます。

舟越桂さんの作品では、PartⅡオークション(9月27日開催)には版画が7点出品されます。
《音の中へ、私の中へ》や、《壁の上の言葉》など、詩的なタイトルが付けられていて、版画でありながら彫刻の空間的広がりを感じさせるような作品たちです。昨年にはコンテンポラリーアートオークションで三点が出品されています。
 
美術館という静謐な空間で魅了された作品を、ご自身の生活の中にも取り入れようと思い立たれたら、このような機会に版画をお手に取ってみられるのはいかがでしょうか。(執筆:I)

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メディア掲載情報

週末から東京は雨続きです。
涼しくなったのは嬉しいけれど、このまま秋になってしまうのも惜しいような・・・。
そんな複雑な心境の今日この頃。皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

さて、本日は少し趣を変えて、当社のメディア掲載情報をお届けしたいと思います。
皆さんは、当社の情報をどこかのメディアでご覧になったことがありますか?

実はシンワアートオークションは、毎月様々な新聞・ラジオ・雑誌に登場しているのです。
今後、このページでもご案内していく予定ですので、是非ご注目ください。


~7月、8月のメディア掲載情報~
<日本では数少ない女性オークショニア 長が、様々な媒体で紹介されました>

オークショニア10

●GOETHE 9月号 「IN THE OFFICE」 幻冬舎刊
●08.07.26 読売新聞日曜版 「オフのイチオシ」
●08.08.01 日経CNBC 「日経エコノWOMAN」
GOETHEのインタビューでは、見開きで大きな写真が掲載されました。
また、読売新聞のインタビューでは、彼女が学生時代から取り組んでいる演劇について語っています。
日経CNBCの番組は、約15分間のロングインタビュー。3時間に渡る撮影が行われました。


<注目の集まるコンテンポラリーアートに関連する記事>
●08.07.06 j-Cast News
「数万円~数十万円と低価格 初心者向けのオークションが人気」
●08.07.24 中文導報
「中国大陸のバイヤーが日本アート市場へ進軍」
●08.08.23 日経新聞
「現代美術の競売活況 若手出品急増功罪半ば」
●セオリーブックス
「その絵、いくら? 現代アートの相場がわかる」 小山登美夫:著 講談社刊
など
セオリーブックス「その絵、いくら? 現代アートの相場がわかる」では、
当社代表取締役社長の倉田が日本を代表するギャラリスト 小山氏と対談しました。 書店等で発売中です。


今後も、取材風景やテレビの放映情報など随時お届けしていきます。
どうぞお楽しみに!(執筆:N)

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岸田劉生 ― 最晩年に挑んだ東洋の美

連日熱戦が続く北京オリンピックもそろそろ終盤となってまいりました。
「心は北京」の私は、試合結果が気になって仕事中もそわそわしておりますが、皆様も応援していらっしゃいますか?日本代表選手の活躍はもちろん見逃せませんが、今回は開催国が同じアジアの中国ということもあり、中国代表の動向も気になるところです。

ご存じの通り、最近は美術界でも中国パワーには目を見張るものがあります。現在はコンテンポラリーアートが活況ですが、中国の美術と言えば、古くは弥生時代から日本も大きな影響を受けてきました。本日は、中国の宋(960-1279)や元(1271-1368)時代の絵画に傾倒し、《麗子像》で広く知られる画家・岸田劉生の《春園金雞之図》をご紹介します。

岸田劉生
lot48《春園金雞之図》
45.5×52.8cm    
キャンバス・油彩  額装   
1929年作
落札予想価格:1000万円~1400万円


日本の近代洋画の最も独創的な画家の一人、岸田劉生は、38歳の若さで夭折するまで、神秘的で内省的な「内なる美」の芸術を追求しました。現在も、ニューオータニ美術館で「画家 岸田劉生の軌跡」展が開催されており、変わらぬ人気を誇っています。

北方ルネサンス絵画に影響を受けたことがよく知られている劉生ですが、29歳の頃、中国の宋元画を鑑賞し、その魅力に目覚めたといいます。その後は宋元画を蒐集し「私は今、宋元を一番尊敬し、又おそろしいと思ってゐます。(中略)私の新しい目標は宋元にあります。」と語るなど、その美に心酔していきました。やがて自宅の床の間に掛けたコレクションを眺めては刺激を受け、その魅力を油彩画で表現することに取り組んでいきます。

本作品は中国原産の鳥、金雞(キンケイ)と牡丹を描いたものです。この中国らしい鮮やかな羽色の鳥は、宋元画においてよく描かれた題材のようです。画面の右上に「己巳歳劉生仿宋人意」というサインが記されていますが、「仿宋人」は劉生が宋元画にインスピレーションを受けて描いた作品に用いた号です。「己巳歳」は1929年、劉生の最晩年を指します。

この年の8月11日、劉生は滞在していた西宮市から「金雞鳥が近所の野口小さんという畫家のところにゐるのを写生しやうと思ふ」と書いたはがきを妻宛てに送り、同月27日のはがきには「金雞鳥の絵は明日出来上がる」と記しています。宋元画によく登場する珍しい鳥を見つけ、自分も描いてみようと思ったのかもしれません。劉生らしい濃密ででろりとした色彩は、彼の求めた「内なる美」を潜めながら、しっかりと宋元画の神秘的な「仙」の境地を表現しています。

晩年、油彩画は寡作になっていきますが、本作品を制作した後、劉生は満州に旅立ち、まるで風景画の傑作を描いた鵠沼時代のように、再び油彩の風景画の連作に力を注ぎます。しかし、残念なことにそれから程なくして劉生は病に倒れ、帰らぬ人となってしまうのです。本作品は、画業の最後の輝きを湛えながら、早逝したために生まれることのなかった新たな展開をも予感させるようです。(執筆:S)

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村上華岳の艶やかな牡丹図

残暑お見舞い申し上げます。ブログ担当者のMです。
皆様はどのような夏をお過ごしでしょうか?

当社では8月2日より17日まで、夏季休暇をいただいておりました。
私もこの休暇を利用して、旅をしたり、海や山に出かけたりと、思いっきり羽を伸ばしてきました。様々な場所に赴いたのですが…今年ならではの一大イベントといえば、出雲大社で行われていた、「御本殿特別拝観」でしょう。平成の大遷宮として、約60年ぶりに国宝である御本殿が一般公開されていました。
私は生まれ故郷が島根県なので出雲大社には度々訪れているのですが、御本殿に足を踏み入れた際はこれまでに感じたことのない神聖な気持ちと高揚感に包まれ、終始、胸の高鳴りを抑えることができませんでした。
おそらく一生に一度のチャンス。とても素晴らしい体験となりました。

さて、昨日近代美術オークションカタログが完成し、いよいよ秋のセールに向けて始動いたしました。当ブログでは、本日より近代美術オークションの9月13日までの間、近代美術に関する情報を更新していきます。

lot129 村上華岳
Lot129《春苑牡丹圖》
140.5×50.9cm/絹本・彩色 軸装
大正8年作/右上に落款・印/共箱
村上華岳展出品 1984年
(東京国立近代美術館)
「巨匠の日本画[9]村上華岳」掲載p.111
落札予想価格:500万円~800万円
本日は、村上華岳の《春苑牡丹圖》をご紹介いたします。

村上華岳は、深い精神性と官能性を併せ持つ観音像や牡丹、山水画などにおいて、独自の世界を形成した画家です。

明治21年大阪に生まれ、7歳の頃から神戸市花隈で育ち、京都市立美術工芸学校、京都市立絵画専門学校で学びます。そして、円山四条派の流れを汲みながらも、浮世絵、あるいはイタリアの中世ルネサンス絵画やインド美術などを取り入れた作風を展開していきます。在学中から文展で活躍していましたが、大正7年、学友である土田麦僊、小野竹喬、榊原紫峰らと国画創作協会を結成します。

本作品はその翌年、大正8年(1919年)、31歳の時に制作されたものです。同年には、国画創作協会展に《日高河清姫図》(重要文化財。東京国立近代美術館蔵)を出品しています。

この頃の華岳は、芝居や文楽、都踊りなどを愛好し、またそういった文化が流行し始めていた時代との関連もあり、舞妓をテーマにした作品を多く手掛けています。
また華岳は終生、牡丹の花を好んで描き、絶筆も牡丹でしたが、この時期の牡丹は、豊かな色彩で彩られているのが特徴です。本作品においても、牡丹は馥郁たる香りを放つかのごとく優艶な花を咲かせており、なまめかしさを漂わせています。己の花粉を運ぶ虫を求めて大きく雌しべを突き出す花姿には、華岳一流の官能性が秘められているのです。


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