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生活空間とアート―「舟越桂 夏の邸宅」展より

本日は、素敵な展覧会をご紹介致します。

東京都港区白金に、美しい緑に囲まれたアール・デコ様式の邸宅があります。かつては朝香宮(あさかのみや)様がお住まいになられた洋館は、現在、広大な庭園に囲まれた美術館に生まれ変わり、展示される時々のアートと共に、鑑賞者を包み込んでくれます。

東京都が運営するその美術館・東京都庭園美術館では現在、「舟越桂―夏の邸宅―」展を開催しています。かねてからここの雰囲気に憧れていて、舟越桂さんの作品も好きな私は、この展覧会を長いこと楽しみにしておりました。そして先日、展覧会のギャラリートークを聴いて参りました。霧雨の降りしきる中、大木が緑のトンネルのようにカーブを描くエントランスを抜けていくと、パッと空間が開けて美術館が現れます。

美術品をお求めになるお客様と接していて、よく「この作品はどんな風に展示したら良いかね」と、質問を受けます。そんな時、私はよく東京都庭園美術館での展覧会を思い起こします。真っ白なホワイトキューブの中に展示されている美術館と違って、ここはかつての生活空間に、アートが設置されるからです。

今回の「舟越桂展」では、大広間や書斎、あるいは浴室(《言葉をつかむ手》が二階浴室に展示)まで利用して、木彫やドローイングが展示されています。溜息がこぼれるような素敵な生活空間に、澄んだ瞳のスフィンクスが佇んでいる姿は、展覧会が開催される日を心待ちに想像を膨らませていた私の期待をはるかに上回る美しさでした。

作家を代表するモティーフのスフィンクスについて、ギャラリートークではいくつかの逸話をご紹介くださいました。
テーバイの町のはずれに住むスフィンクスは、通りがかりの旅人に謎かけをします。
「朝は四本足、昼は二本足、そして夜には三本足になるものは何だ?」
この難問を、オイディプスという英雄が解きます。
「それは、人間だ。生まれた時は四つん這いで、成人すると二本足で歩く。やがて老いると杖をついて三本足になる。」

あるいは、詩人のノヴァーリスはこんな物語を作ったそうです。
スフィンクスはある日、女の子にこんな謎かけをします。
「世界を知ることとは?」
女の子はこう答えます。
「それは自分を知ることです。」

舟越桂は1984年からスフィンクスを発表するようになったそうですが、「スフィンクスは人間の世界の外から、人間とは何かを問いかけているのだ」と語ったのだそうです。これらの彫刻が、女でも男でもなく、人間でもないのは、それを限定していないからなのです。
舟越はノヴァーリスの物語に触発されて、スフィンクスのイメージを膨らませたということです。
この話を聞いてから、スフィンクスの大理石の瞳を覗き込むと、「自分とは、人間とは」という疑問に駆られます。アート作品は、こうした、慌ただしい日常生活の中ではなかなか到達できない、本質的な問題にふれるきっかけを与えてくれるものでもあるのですね。

アートをご自宅でコレクションされる方には、今回の「舟越桂―夏の邸宅―」展は、ぜひご覧になることをお勧めいたします。ドローイングや版画の展示方法も、素敵ですよ。


<展覧会概要>
「舟越桂 夏の邸宅アール・デコ空間と彫刻、ドローイング、版画」
会期:7月19日(土)―9月23日(火・祝)
開館時間:午前10時-午後6時(入館は午後5時30分まで)
休館日:第2・第4水曜日(7/23、8/13、9/10)
場所:東京都庭園美術館(〒108-0071 東京都港区白金台5-21-9)
URL: http://www.teien-art-museum.ne.jp/


さて、優れた美術品を多く取り扱う9月近代美術オークションでは、このように鑑賞者に思索を巡らさせるような作品も出品されています。
たとえば、佐伯祐三《塔の見える風景》は、自分の芸術的オリジナリティを追求する切迫感に満ちています。カンディンスキー《CUBE》は、これが物質を超えた表現の一つの答えなのかと思うと不思議な印象を受けます。雨宮敬子《静虚》は、「静虚」とはどんな状態なのだろうと想像してしまいます。

舟越桂さんの作品では、PartⅡオークション(9月27日開催)には版画が7点出品されます。
《音の中へ、私の中へ》や、《壁の上の言葉》など、詩的なタイトルが付けられていて、版画でありながら彫刻の空間的広がりを感じさせるような作品たちです。昨年にはコンテンポラリーアートオークションで三点が出品されています。
 
美術館という静謐な空間で魅了された作品を、ご自身の生活の中にも取り入れようと思い立たれたら、このような機会に版画をお手に取ってみられるのはいかがでしょうか。(執筆:I)

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