こんにちは。
先週の近代美術PartⅡの下見会にご来場くださったみなさま、ありがとうございました。
今週の土曜日、17日はいよいよオークションです。
14日(水)からは近代美術の下見会を開催いたしますので、そちらにもぜひお越しください。
さて、今日は近代美術の出品作品から一点ご紹介いたします。
近代の洋画がお好きな方は必見の大変希少な一点です!
Lot.27 中村 彜 《婦人像他(スケッチブック21作品)》
19.5×12.8cm
紙・パステル、鉛筆、インク
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
エスティメイト ¥1,500,000~2,500,000
中村彜(なかむら・つね 1887-1924)は大正時代に活躍し、37歳で亡くなった夭折の画家です。
水戸市に生まれた彜は、18歳のとき結核にかかり軍人になる目標を断念。療養しながら次第に画家を志すようになります。白馬会や太平洋画会の研究所で修業を積み、24歳の頃からは新宿・中村屋のアトリエに移り住み、若い芸術家たちが集うサロンの中心的な存在となっていきました。しかし、この頃から病状は悪化し、1920年の帝展出品作《エロシェンコ氏の像》(重要文化財・東京国立近代美術館蔵)で大きな賞賛を受けた後は、残された生命を燃やし尽くすように制作に取り組みました。
レンブラントやルノワールなどの様々な西洋絵画に学び、対象の生命感や自身の内省的な世界観を描き出した作品は、個性派ひしめく大正期を代表するものとして現在も多くの洋画ファンを魅了しています。
病床の彜がいつも枕元に置いていたものかもしれません。
右の表紙は自筆ではありませんが、意外と(?)かわいらしいですね。
この表紙を開くと…
図版1 図版2
パステルで人物像が描かれています。この2点、どこかで見覚えはありませんか?
図版1は《老母の像》(1924年作・彰考館徳川博物館蔵)、図版2は《頭蓋骨を持てる自画像》(1923-24年作・大原美術館蔵)、どちらも晩年の代表作に大変よく似ています。このスケッチブックは晩年に使用していたものでしょうか。
ページをめくっていくと、その可能性がいっそう高まっていきます。
図版3 図版4
彜は晩年、図版3のようなキュビスムを取り入れた静物画の連作を制作しました。この鉛筆スケッチと一致する油彩画はみつかりませんでしたが、いずれかの原案になったものでしょう。
また、図版4には、卓上に十字架のついた祭壇のようなものが描かれていますが、これは彜が板で制作した《キリスト磔刑像》(1923年作)によく似ています。この板の作品は《カルピスの包み紙のある静物》(1923年作・茨城県近代美術館蔵)など、静物画のモチーフにも用いられました。
中にはこんな作品も。
図版5 図版6
図版5のような観音像のスケッチが数点見られます。晩年の彜は死期を悟り、「残存せる全生命の死力を尽して」制作に打ち込んでいきます。こうした観音像や図版4のようなキリスト教のモチーフは、死を覚悟して絵筆を握る彜の心の支えだったのかもしれません。
図版6の抽象画は何かのデザインのようにも見えますが、彜の繊細な心模様を表わすようであり、後に流行するシュルレアリスム風の神秘的な雰囲気も漂わせています。
こうしてページをめくっていくと、このスケッチブックに晩年の彜の心情が率直に語られているのが伝わってきます。湧き上がるイメージを生き生きと描き留めたもの、祈るように静かに描かれたものの数々は、彜が絵を描くために生きた画家であることを改めて感じさせます。
また、彜は作品数の少ない画家ですので、たくさんの図柄が描かれたスケッチブックがオークションに出品されるのは大変めずらしいことです。その上、図版1や2のような名作の下絵と思われるものを含み、晩年の彜の制作過程を知ることができる作品は、もしかしたら他にはないかもしれません。
この作品は今週の下見会にて展示いたしますので、ぜひ実物をご覧ください。
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みなさまのご来場を心よりお待ちしています。
(佐藤)
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