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岸田劉生 ― 最晩年に挑んだ東洋の美

連日熱戦が続く北京オリンピックもそろそろ終盤となってまいりました。
「心は北京」の私は、試合結果が気になって仕事中もそわそわしておりますが、皆様も応援していらっしゃいますか?日本代表選手の活躍はもちろん見逃せませんが、今回は開催国が同じアジアの中国ということもあり、中国代表の動向も気になるところです。

ご存じの通り、最近は美術界でも中国パワーには目を見張るものがあります。現在はコンテンポラリーアートが活況ですが、中国の美術と言えば、古くは弥生時代から日本も大きな影響を受けてきました。本日は、中国の宋(960-1279)や元(1271-1368)時代の絵画に傾倒し、《麗子像》で広く知られる画家・岸田劉生の《春園金雞之図》をご紹介します。

岸田劉生
lot48《春園金雞之図》
45.5×52.8cm    
キャンバス・油彩  額装   
1929年作
落札予想価格:1000万円~1400万円


日本の近代洋画の最も独創的な画家の一人、岸田劉生は、38歳の若さで夭折するまで、神秘的で内省的な「内なる美」の芸術を追求しました。現在も、ニューオータニ美術館で「画家 岸田劉生の軌跡」展が開催されており、変わらぬ人気を誇っています。

北方ルネサンス絵画に影響を受けたことがよく知られている劉生ですが、29歳の頃、中国の宋元画を鑑賞し、その魅力に目覚めたといいます。その後は宋元画を蒐集し「私は今、宋元を一番尊敬し、又おそろしいと思ってゐます。(中略)私の新しい目標は宋元にあります。」と語るなど、その美に心酔していきました。やがて自宅の床の間に掛けたコレクションを眺めては刺激を受け、その魅力を油彩画で表現することに取り組んでいきます。

本作品は中国原産の鳥、金雞(キンケイ)と牡丹を描いたものです。この中国らしい鮮やかな羽色の鳥は、宋元画においてよく描かれた題材のようです。画面の右上に「己巳歳劉生仿宋人意」というサインが記されていますが、「仿宋人」は劉生が宋元画にインスピレーションを受けて描いた作品に用いた号です。「己巳歳」は1929年、劉生の最晩年を指します。

この年の8月11日、劉生は滞在していた西宮市から「金雞鳥が近所の野口小さんという畫家のところにゐるのを写生しやうと思ふ」と書いたはがきを妻宛てに送り、同月27日のはがきには「金雞鳥の絵は明日出来上がる」と記しています。宋元画によく登場する珍しい鳥を見つけ、自分も描いてみようと思ったのかもしれません。劉生らしい濃密ででろりとした色彩は、彼の求めた「内なる美」を潜めながら、しっかりと宋元画の神秘的な「仙」の境地を表現しています。

晩年、油彩画は寡作になっていきますが、本作品を制作した後、劉生は満州に旅立ち、まるで風景画の傑作を描いた鵠沼時代のように、再び油彩の風景画の連作に力を注ぎます。しかし、残念なことにそれから程なくして劉生は病に倒れ、帰らぬ人となってしまうのです。本作品は、画業の最後の輝きを湛えながら、早逝したために生まれることのなかった新たな展開をも予感させるようです。(執筆:S)

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