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近代陶芸/古美術/富本憲吉記念館 辻本勇コレクション オークション開催!!


今週末9月14日(土)に近代陶芸/古美術/近代美術PartⅡオークション、そしてさらに富本憲吉記念館 辻本勇コレクションオークションが開催されます。

今回注目して頂きたいことは、古美術と富本憲吉記念館が所蔵していた作品群がまとめてオークションに出品されるという点です。
まず、古美術の中から色鍋島の尺皿をご紹介致します。
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色鍋島は元禄期に徳川家や大名への献上品、贈答品の為に作られた色絵磁器のなかでも最高峰の器です。当時からその格調の高さは別格でしたが、現在においても評価の高さは変わっていません。むしろ既存の作品が少ない分、さらに人気は高くなっているのではないでしょうか。なによりこの大きさ!盛期に作られた色鍋島で、尺皿(約直径30㎝)の大きさのものが世に出てくるのは、本当に珍しいことなのだそうです。大きさだけでなく、描きこみも細密で萩の花のたわわな感じは、技術の高さを窺わせます。
 日本が世界へ誇る「鍋島」を是非一度じっくりとご覧ください。

さて、もうひとつの目玉をご紹介します。

 富本憲吉記念館は、昭和49年(1974)に富本の生家である奈良県安堵町に私設美術館として創設されました。これは、富本憲吉と同郷の実業家・辻(本来は“しんにょう”の点は一つ)本勇氏の個人コレクションとして始まり、34年間個人運営をされてこられました。平成20年(2008)に館長である辻本氏が逝去され、平成24年(2012)に閉館されることとなり、平成25年(2013)3月より富本憲吉文化資料館として平成26年(2014)2月迄期間限定で公開されております。そして、閉館に伴い今回ご遺族が所有されていた作品が本オークションに出品されることとなったのです。

 富本憲吉作品にこれまでご興味のあった方々は、今回のカタログをご覧になり驚かれたのではないでしょうか?図録などに多数掲載されてきた作品が多く出品されています。また若い頃の作品や、「圖案百図 四十四葉」のように、富本作品の圖案が観られることもまたとない機会と言えるでしょう。富本憲吉の鑑定人でもあった辻本勇氏がコレクションしていただけあり、今回の作品は美術史的にも資料的価値の高いものばかりです。

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 富本は多くの有名な格言を残しています。
「模様から模様はつくらず」「“たからもの”はつくらない」
そして遺書には「墓不要、残された作品をわが墓と思われたし」と記されてあったそうです。 これほど言葉や精神性を世に残した陶芸家もいないのではないでしょうか。それが多くの人を魅了している理由なのかもしれません。約160点にも及ぶ富本憲吉作品群に、ぜひ会いにお越しください。
(執筆者:E)

 下見会・オークションスケジュールはこちら。
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オークションの舞台裏 -愛すべき小道具たち-

猛暑もひと段落して朝晩も涼しくなり、ようやく秋の気配が訪れ始めましたが、皆さまいかがお過ごしでしょうか?

さて、社内では夏季休暇が終わり9月のオークションに向けて、各部署ともリフレッシュしたメンバーが精力的に働いております。今回の舞台裏は、普段私たちが社内外で使用している色々な道具についてご紹介したいと思います。

風呂敷
もしかすると皆さんの中に、銀座の街中で風呂敷包みを抱えて歩いている人を見かけたことがある方がいらっしゃるかもしれません。風呂敷は美術業界では今でも日常的に使われている道具の一つです。風呂敷、真田紐
風呂敷と真田紐。その柄でどこの画廊かわかることも

 弊社では、入社するとすぐに風呂敷の扱い方を教わります。キチンと包めているかどうかでこちらの美術に対する姿勢や技量が計られることもあるので、たかが風呂敷と侮ることはできません。
この風呂敷、大きさはさまざまありますが、絵画や陶芸作品はもちろん画集や備品などとにかく何でも包んで持ち運ぶことができ、使い終わったら小さく丸めてしまっておけるという大変便利な代物です。営業や鑑定、倉庫から下見会場への移動時など、さまざまなシーンで活用されています。

風呂敷

入社してはじめの頃は、銀座の大通りを風呂敷包み抱えて歩くのが恥ずかしかった覚えがありますが、しばらく使っていると、何でも包めてとても使い勝手がよく、かつ、エコでもあるこの風呂敷の魅力が段々とわかってきて、そのうちに包みを持って歩くことがカッコよく思えてきたから不思議です。

今では私用でも使っており、引っ越しの時に使ったり、旅行のときなどトランクに一つ忍ばせて、旅先などで荷物が増えた時などにとても役立っています。

真田紐
これも、陶芸作品や茶道具などの桐箱に使用されているので、美術品の愛好者ならば一度は目にしたことがあると思います。しかし、ここで私がご紹介するのは、幅約2~3cmのもう少し太い真田紐。どの様な使い方をするのかと言うと、先ほどご紹介した風呂敷で包んだ作品などを更にしっかりと固定するために使います。例えば、風呂敷で大きさの違う陶芸作品を数点包んで運ぶ場合、風呂敷のみだと歩いている間に作品自体の重みで結び目が伸びてきたり、段々と包みが緩んできてしまいます。そうすると、持ちにくくなったり荷崩れしたりするので、作品に危険が及んできてしまいます。そこでこの真田紐を使って全体をくくると、作品がしっかり固定できて包みも緩まなくなり、また、画像でもわかる通り鞄のような具合となり大変持ちやすくなります。
つつむ風呂敷紐完成
なるべく四角くまとめて、クルクルっと完成!

風呂敷同様、使い慣れてくると昔からある日本の日用品がこんなにも便利で使いやすいものであることに改めて驚きを感じます。

メジャー(ART SCALE)
 世の中では、さまざまな業種でそれぞれの用途に合わせて色々なメジャーが使われていると思います。美術業界でも、多くの方に支持され長く使用されているメジャーが存在します。
多聞堂メジャー

 一見ただのグレーの小さな巻尺に見えるこのメジャー、中を引っ張りだすと目盛りの他に絵画の号数が印刷されています。もちろんオークション会社の社員として号数が頭に入っていることは大前提ですが、一度に多くの作品を採寸する場合などには、サッと測ってすぐわかるこのメジャーがとても威力を発揮するのです。
 このスグレもののメジャーは、額装の老舗、岡村多聞堂さんの実用新案登録で、業界では多聞堂メジャーなどとも呼ばれています。裏側にはフランス寸法があり、洋画、日本画、外国絵画いずれも対応可能なのです。メジャーは2mまでですが、号数はなんと500号まで記載されています。私も入社してすぐに渡されたメジャーを常に鞄に忍ばせ、今でも使い続けています。
多聞堂目盛
私のメジャーには尺寸を手書きで入れています


 今回ご紹介した3つは私たちが使っている諸道具のほんの一部ですが、美術業界にはなくてはならないモノと言っても過言ではないものです。私も入社以来、非常に愛着を持って使い続けています。風呂敷などは普段から使用できるものですので、皆さまも是非お使いになってみてはいかがでしょうか?

(平野)

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放浪の画家・山下清の貼り絵-《桜島》

こんにちは。
梅雨明け以来、毎日猛暑日が続きますね。
今週の暑さはやや控えめという予報ですが、日中外出される方はくれぐれも熱中症にご注意ください。

さて、そんな暑さの中、先週の近代美術PartⅡ下見会にお越しいただいた皆様、ありがとうございました。
今週の20日(土)は近代美術/近代美術PartⅡオークションを開催いたします。
今回も出品作品の中から一点ご紹介いたします。


【オークション終了につき、作品の画像は削除させていただきました】


Lot.80 山下 清 《桜島》
45.5×53.0cm
貼り絵 額装
左横にサイン
山下清鑑定会鑑定書付
「生誕80周年記念 山下清展」(2001年・大丸ミュージアム)出品
エスティメイト ¥4,000,000~7,000,000



「裸の大将」でおなじみの山下清の作品です。
ドラマは見たことあるけど…という方のために、プロフィールを簡単にご紹介します。

 山下清(1922-1971)は東京都浅草区(現在の台東区)生まれ。3歳のときに患った大病がもとで軽い言語障害と知的障害になりました。12歳で千葉県の養護施設・八幡学園に入園し、授業の一環として始めた貼り絵に才能を開花させていきます。1937年早稲田大学で開かれた学園の子供たちによる展覧会で注目を集め、1939年には個展を開催。これが大きな反響を呼び、多くの画家や文学者たちから賞賛を受けます。1940年に初めての放浪の旅へ出て、その後も繰り返し日本中を旅しました。1949年には点描風の油彩画の制作を開始。1961年初のヨーロッパ旅行へ出かけます。才能が認められるにしたがって注目を集め、生前に山下を主人公とした映画も制作されました。49歳で亡くなった後も、その作品と「裸の大将」と呼ばれる親しみやすいキャラクターは多くの人に愛されています。

 1951~54(昭和26~29)年にかけて、山下は放浪の旅の途中で鹿児島を訪れました。桜島を題材とした本作品は、その際のスケッチをもとに制作されたものでしょう。山下は記憶力が大変優れており、一度見たものをはっきりと覚えていることができたため、たとえ数年前に見た風景であっても今目の前にある風景のように鮮やかに表現することができたそうです。そのため、こうした貼り絵作品は、旅先ではなく放浪生活を終えて学園に戻った後に制作されました。

 本作品では、鹿児島の市街から錦江湾(鹿児島湾)を隔て、噴煙を上げる桜島を望む風景を描いています。ご注目いただきたいのは貼り絵の緻密さ、それに相反するようなスケール感です。まるで油彩画の点描技法のように小さな紙片を規則正しく並置し、この雄大な風景を表現した点は本当にお見事!としか言いようがありません。

よく見ると前景の家々が立体的に表わされており、これが画面にいっそう奥行きをもたらしていることがわかります。
【オークション終了につき、作品の画像は削除させていただきました】
(拡大図版。屋根瓦や窓の枠が立体的になっています。)
 よく晴れた日に眺めた桜島の美しさと満ち溢れるようなエネルギー、それらに抱いた感動を生き生きと表わす一方で、画面構成においては実はとてもクールに計算していたのかもしれません。山下の「貼り絵」の魅力が存分に発揮されたとても優れた作品です。

こちらの作品は本日からの下見会でご覧いただけます。
下見会・オークションスケジュールはこちら

皆様のお越しを心からお待ちしています。

(佐藤)

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先週の陶芸オークションにお越しいただいた皆様、誠にありがとうございました。
さて、7月に入りました。梅雨が明ければ夏本番を迎えますが、汗ばむこの季節、気をつけていただきたいのが金属アレルギーです。
人間にはもともと、自分の体を構成しているものとは異なったものを排除して、自分の体を健康に保とうとする仕組みが備わっています。異物が侵入した場合、普通は吸収され腸などを経て排泄されますが、何らかの理由で有害物質が入り、リンパ球がその物質を「排除すべき異物」と判断すると、リンパ球はその有害物質を攻撃し、死滅させ液体にします。これが皮膚表面に小さな水庖として現れ、かゆくなるのが「かぶれ」です。更に、リンパ球がその有害物質を覚えていて、再度同じ物質が侵入した時、直ちに過剰な拒絶反応を起こすようになることをアレルギーといいます。一度アレルギーになってしまうと、ほとんど治ることがありません。そして、アレルギーを起こす物質をアレルゲンといいますが、アレルゲンの量がほんのわずかでも拒絶反応を起こしてしまいます。

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金属は普通、水には溶けませんが、汗や体液(ピアッシングなどの傷口から出ます)には極微量に溶ける場合があります。これを金属のイオン化といいます。金属イオンは体内に取り込まれ、体の蛋白質と結合します。人によっては、この結合物質が身体の方で異常な物と認識されます。そのため「かぶれ」や「炎症」が起こり、一度炎症が治っても、同じ金属が触れる度に症状を繰り返します。これが、金属アレルギーです。

身の回りの金属で、金属アレルギーを起こす可能性のあるものは20種ほど知られています。そのうち、水銀、ニッケル、コバルト、クロム、パラジウムが、パッチテスト反応が高いとの報告があります。水銀は装飾品に使われることはまずありませんので問題外として、ニッケルとパラジウムは、知らず知らずのうちに身につけている可能性が高い金属です。
現在ニッケルに関しては、(社)日本ジュエリー協会が、ピアスアッセンブリー(針、キャッチ及び、耳たぶに直接接する部分)にはニッケル含有金属を用いないよう、会員メーカーに働きかけています。ただし、ピアス以外のジュエリーで用いるホワイトゴールドには、割り金として微量のニッケルが使用されている場合があります。同協会では、ピアスアッセンブリー以外のニッケルの使用制限は設けていません。ニッケルが全面的に使用禁止であるとの間違った噂により、使用が避けられるようになったのも事実ですが、ホワイトゴールドでは特に、硬さ、ばね性、色調を求めるために、ニッケルの特性を活かすことがあります。また、ピアスでも、海外のものにはニッケルが用いられているものが稀にありますのでご注意下さい(ヨーロッパにもニッケル溶出率での使用制限はあります)。
そして、ニッケル以上に私たちが接することが多いものが、パラジウムです。一般にはあまり馴染みのない金属のように思いますが、実は大変白くて美しいということで20年ほど前に流行った金属です。価格が暴騰したことや、パラジウムによる公害が報告されたことで、ジュエリーに一定量以上を使うことははばかられるようになったとのことですが、今現在でもプラチナの割り金としてパラジウムは使われています。また、前出のホワイトゴールドに、ニッケルの代わりとして使われることも多い金属です。割り金として少量使う事で、見た目により白く、美しい輝きが出せるということから、用いられているようです。
また、非常に少ない割合ですが、プラチナや金そのものに対してアレルギーを示す方もいらっしゃいます。

人によってアレルギー反応を起こす金属が違いますし、実際何の金属が原因でアレルギーが起きているのかは調べてみるまで分かりません。肌が弱く心配な方や、何らかのアレルギー症状が見られた方は、早めに病院へ行き、パッチテストを受けることをお勧めします。アレルギー反応が見られた金属を避けてジュエリーを選ぶことで、より安全に身につけていただけることと思います。商品によっては、「ニッケルフリー」「ノンニッケル」「パラジウムフリー」などの表示があったり、使用している金属が明記されているものがありますので、そういう物を選ばれると良いですね。そして何より、ジュエリー自体を清潔に保っておくことが、金属のイオン化を防ぎます。夏場は特にお手入れには気をつけて、ジュエリーを楽しんで下さい。
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~涼をもとめて~青磁鑑賞(6月近代陶芸オークション)

先週のBAGS/JEWELLERY & WATCHESオークションにご参加頂いた皆さまありがとうございました。今週末は近代陶芸/近代美術PartⅡ(陶芸)オークションが開催されます。ぜひこちらにも足をお運びください。

さて、今回は小品ながらも珍しい作品が出品されます。
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LOT.68 岡部嶺男「窯変米色瓷盃」
     H5.7×D10.4㎝
高台内に掻き銘
岡部美喜箱
1974年5月14日作
エスティメイト¥800,000~¥1,200,000


 岡部嶺男(1919-1990)は戦後間もなく、生まれ育った瀬戸で地元の伝統技法である灰釉をベースとし、織部・志野・黄瀬戸などを作陶しました。当初より「製作記録」として土と釉薬の研究をノートに書き遺しています。その記録は、事細かに分類され、「実験」「テスト」といった言葉が相応しいように思います。その後、天目・青瓷へと自らの技法を広げて行くわけですが、いずれも釉薬の研究をしていく中で偶然に発見されたものでした。
1962年(昭和37年)のノートには、次のように記されています。「土の芸術として最後の姿は青瓷として現れた。これは中国に於ける土器の最後の花として現れた宋官窯青瓷と同一の経路のように思える」。独自の研究を重ねる中で中国の陶磁器文化の変遷を追体験したという、なんともスケールの大きな話です。
 
 織部や志野と対照的とも言える青瓷の技法ですが、嶺男作品は全てにおいて形の美しさが一貫しています。陶磁器では箆目(へらめ)を生かした姿が、青瓷では轆轤(ろくろ)引きの美しさが伺えます。そして薄造り!これは類を見ません。陶芸家としての技量は相当だと誰もが認めざるを得ないでしょう。
今回の窯変米色瓷盃は、その形と、窯変のきめ細やかな美しさが互いに引き立てあっているように感じます。また高台脇にシールが貼られています。こんな綺麗な作品なので外したくなりますが、実はこれが釉薬の研究を示しているものなのです。
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上が制作年月日、そして下がどの棚に置いてあったかという棚の番号です。
直接作品に”印(しるし)”を入れてあることもありますが、これもまた岡部嶺男を物語る貴重な資料と言えるでしょう。

 そしてもう一点ご紹介したいのが、こちらです。

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 LOT.67 板谷波山「青磁菊式湯鐘 一双」
   H8.1×D8.1㎝/H7.4×D7.1㎝
   各高台内に印銘「波山」
   共箱 1919年作
エスティメイト¥700,000~¥1,000,000


板谷波山(1872-1963)は、白磁・青磁・天目・鉄釉といった磁器を作陶し、最終的に葆光彩磁を生み出しました。アール・ヌーヴォーに影響を受けた波山は、植物を流線的に図案化しました。自らほの明るく光を放っているかのような葆光彩磁は、「近代陶芸の最高峰」と称される波山の代名詞と言っても良いほどの技法です。それとは別に青磁や白磁で良く見られる薄肉彫という彫文での技術もまた、格別な技を誇っています。その代表格である「青磁香爐」(LOT.106 ¥1,300,000~¥2,300,000)も今回出品されますが、こちらのような「湯呑」は、弊社でも初めての出品です。
「菊式」とあるように、薄肉彫されているのは菊の花のデザインです。サイズの違いから見ても夫婦湯呑と言えますが、それよりもっと”一対”という確証が持てるのは、それぞれの印銘です。
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 両面が印になっている判子を使用し、それぞれに押しています。珍しく印が違う組み合わせだったというのには、こういう意味があったのですね。
これでこの湯呑二客が一対であることがよくわかります。

両者とも青磁の涼やかな器です。涼を求めにご来場なさってみてはいかがでしょうか?

(執筆者:E)

下見会・オークションスケジュールはこちら


【参考文献】
『-青磁を極める-岡部嶺男展』東京国立近代美術館 他/2007年
『出光美術館蔵品図録 板谷波山』平凡社/1988年

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オークションの舞台裏 -アンダービッダー-

先週の近代美術/近代美術PartⅡオークションにご参加いただいた皆様、誠にありがとうございました。
過去3回にわたりこのブログでオークショニアの仕事を紹介してまいりましたが、今回はその後ろに影のように控えてオークショニアを支えている「アンダービッダー」の仕事についてご紹介をしたいと思います。

弊社のオークションに参加されたことのあるお客様ならば必ず目にしたことのあるはずのこの人物、オークショニアの後ろでカタログ片手に何やら書き込み、ときどきオークショニアにささやきかけたりして、一体何をしているのだろうと不思議に思った方もいらっしゃるかもしれません。
しかしてその正体は、オークション最中ではもしかするとオークショニア以上に集中力を必要とするかもしれない、重要な任務を帯びた“アンダービッダー”と呼ばれる役割なのです。

この役割の基本的な仕事はというと、まずはオークショニアのサポート。オークショニアが連呼する金額が正しく競り上がっているか、読み上げたパドル番号が間違っていないかなどオークショニアの後ろで同じように金額を追いながら、いざというときに備えてくれています。時には競っている最中にお客様から質問などが入り、今いくらで競っているかすぐに出てこなくなってしまったときなど、後ろからボソッと「15万円」などとさりげなく教えてくれたりします。また、オークショニアから見えにくいビッドや、見ていないところから新たなビッドなどが出たときには、アンダービッダーがキチンとそれを見ておりオークショニアに教えてくれ、さらにさらに、ハンマーの後オークショニアが落札金額や落札者のパドル番号を書き込んだ台帳のチェックもしてくれるという、我々オークショニアにとっては大変ありがたい存在なのです。
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オークショニアの後ろでビッダーを控えています。

 そしてもうひとつの重要な仕事として必ず行っているのが、その名の通り“アンダービッダー”を取る作業です。パドル番号何番のお客様がいくらまで競っていたか、後から確認が取れるように記録を取っているのです。
私もオークショニアを務める前にはこの“アンダービッダー”をやっておりましたが、このビッダーを記録する作業が非常に大変であったのをよく覚えています。1つのロットを競っている数十秒の間に、できる限りビッドしている方のパドル番号とその時の金額を手元のカタログに書き込み、また同時にオークションニアのサポートもこなさなければならず、慣れるまでは集中力を維持するのが精一杯。人気のある作品でたくさんビッドがあった時など、書き込んだカタログは何が書いてあるのか自分でもわからないような殴り書きで、オークションが終わったころにはヘトヘトになっていました。

そうしてオークションが終わった後にもアンダービッダーにはまだ仕事があります。オークション最中に入力されたデータと、オークショニアが台帳に記録した落札金額と落札者のパドル番号、それにアンダービッダーの手元の記録がすべて一致しているかを1点ずつ照らし合わせていくのです。オークションの落札結果を発表するにあたり間違いがあってはならず、かつ出来るだけ早く皆様にお知らせできるよう、オークション終了直後にこの作業は行われます。
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アンダービッダーが記入したカタログ。

その他にも、オークションの最中にオークショニアと会場内の他のスタッフとの連絡をしてくれたり、モニターが間違っていないかチェックしてくれたり、訂正事項を教えてくれたり、水を注いでくれたり、オークショニアが競りに集中できるよう様々な気配りをしてくれています。さりげないようでいて、とても頼りになる存在なのです。

オークションでは全てのスタッフが様々な役割をこなしています。今後もご来場の際に皆様がオークションをより一層お楽しみいただけるよう、それらの仕事をご紹介していきたいと思っております。

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杉山寧の『文藝春秋』表紙絵

こんにちは。
GWが終わり、最近は過ごしやすい日が続いていますね。
先週の近代美術PartⅡ下見会にお越しいただいた皆様、ありがとうございました。

さて、今週は近代美術の下見会とオークションを開催いたします。
今日も出品作の中からおすすめの作品をご紹介いたしますが、その前に…
突然ですが問題です。

梅原龍三郎、安井曽太郎、鏑木清方、杉山寧、高山辰雄、平松礼二

シンワアートオークションでもおなじみのこの作家たちには、ある共通点があります。
それは一体何でしょうか?


答えは、「雑誌『文藝春秋』の表紙絵を担当した作家たち」です。
なんとも豪華なメンバーですね。
現在の担当・松村公嗣氏まで、代々そうそうたる顔ぶれが表紙絵を手掛けてきました。その中でも、最も多くの表紙絵を描いたと言われるのは杉山寧です。
今回のオークションには、杉山が制作した『文藝春秋』表紙絵の原画12点が出品されます。


【オークション終了につき、作品の画像は削除させていただきました】

Lot.28 杉山寧《遊》
16.0×16.0cm
麻布・彩色 額装
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
『杉山寧』掲載(文藝春秋)
『文藝春秋』昭和45年6月表紙掲載
文藝春秋60周年記念 文藝春秋表紙装画全展
(1982年・日本橋高島屋)
エスティメイト ¥800,000~1,200,000


 昭和30年、『文藝春秋』の表紙絵を担当していた安井曽太郎が亡くなり、その後任として当時まだ気鋭の日本画家だった杉山寧に白羽の矢が立てられました。
安井の後を引き受けた杉山の表紙絵は、昭和31(1956)年4月号から昭和61(1986)年12月号まで、実に30年9ヶ月という長期にわたって同誌を飾ることとなり、制作された原画の点数は369点にのぼりました。
今回出品される12点は、昭和45(1970)年1月号から12月号までの原画です。

 表紙絵を担当することになった杉山は、「描く以上、たとえ捨て去られるような小さな画面でも、自分は精一杯描き込んでゆきたいのです」と、真摯な姿勢で毎月の原画制作に取り組みました。原画では、通常の本制作同様に岩絵具と麻布を用い、実際の表紙とほぼ同じ大きさの画面に絵を描きました。その一点ずつに漢字一文字のタイトルがつけられていることからも、杉山にとって本制作と同等の存在だったことがうかがえます。また、ときには、石を支持体としたり、石膏で作った凸凹の画面に作画するなど、ほかの画材を使用したり、大胆な実験を試みることもあったようです。

 この原画制作において、杉山が最もこだわり、苦心したのが主題だったといいます。毎月雑誌を手に取る読者のために、写実や抽象、スケッチ風などの様々な表現によって、人物、風景、花鳥、動物といったありとあらゆる題材を描きました。そこには、時代の移り変わりや杉山自身の作風の変化、取材旅行の成果や身辺の出来事までが生き生きと映し出されています。
注目すべきは、これらがきっかけとなって日展出品作などの名作が生まれたり、逆に代表作を描いた後にその派生作品として数々の原画が描かれたりしたことでしょう。


【オークション終了につき、作品の画像は削除させていただきました】

Lot.25 《園》
16.0×15.3cm
麻布・彩色 額装
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
『杉山寧』掲載(文藝春秋)
『文藝春秋』昭和45年1月表紙掲載
文藝春秋60周年記念 文藝春秋表紙装画全展
(1982年・日本橋高島屋)
エスティメイト ¥1,500,000~2,000,000


 孔雀をモティーフとした作品は原画以外の本制作にもありますが、たとえばこのLot.25《園》は同じ画面構成で一羽の孔雀を描いた作品《爽(絢)》(昭和44年作)を発展させたものであり、その後、二羽の孔雀を象徴的な空間に構成した名作《禔》(昭和58年作)に影響を与えたとも想像できます。

 また、美術評論家の小川正隆氏は、一連の表紙絵を「絵による俳句」と評しましたが、本制作以上に四季折々の自然の移り変わりとその感慨が風情豊かに描かれていることが表紙絵の大きな特徴です。8月号のLot.30《風》や9月号のLot.31《叢》などは、特に季節感が重視されています。


【オークション終了につき、作品の画像は削除させていただきました】

Lot.30《風》                 Lot.31《叢》
15.6×15.0cm               15.8×15.4cm
麻布・彩色 額装              麻布・彩色 額装
東京美術倶楽部鑑定委員会       東京美術倶楽部鑑定委員会
鑑定証書付                  鑑定証書付
『杉山寧』掲載(文藝春秋)         『杉山寧』掲載(文藝春秋)
『文藝春秋』昭和45年8月表紙掲載   『文藝春秋』昭和45年9月表紙掲載
エスティメイト ¥500,000~800,000   エスティメイト ¥1,000,000~
                                   1,500,000


 長期にわたる連載という性質上、杉山は読者を飽きさせない視覚的な新鮮さを心掛け、こうして様々な工夫をこらしました。結果としてそれらは、本制作にも大きな刺激をもたらす豊饒な作品群となったのです。また一方で、本制作では見ることのできない画家の素顔をうかがわせるものとしても、大変味わい深い仕事と言えるでしょう。

杉山の表紙絵12点は、22日(水)からの下見会でご覧いただけます。
昔の『文藝春秋』をお持ちの方は、もしかして「この表紙、うちにある!」なんてことがあるかもしれませんね。
下見会・オークションスケジュールはこちら

皆様のご来場を心よりお待ちしています。

(佐藤)

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G.Wは陶器市へ!!

こんにちは。
先週末のBAGS/JEWELLERY & WATCHESオークションにご参加頂いた方々、ありがとうございました。
 さて、もう来週はゴールデンウィークですね。実はゴールデンウィークが、陶器市の季節ということをご存じですか?
 よくテレビなどで紹介されていますが、全国各地の窯元で開催されています。
まず、今年110回目を迎える陶器市・有田陶器市をご紹介します。

■有田陶器市 主催:有田商工会議所
4月29日(月)~5月5日(日):佐賀県JR有田駅~上有田駅周辺約4km

 その始まりは、なんと明治29(1896)年まで遡るとか!その頃「陶磁器品評会」が桂雲寺(けいうんじ)で行われ始め、それと同時に「蔵ざらえ大売り出し」として各陶器店が行ったのが始まりだそうです。それが大正11(1922)年ごろに「陶器市」という名称に変わり、現在に至るとのこと。
有田町は言わずと知れた磁器の町。古伊万里、鍋島、最近では古九谷もこの地で生まれたと言われています。重要無形文化財(人間国宝)に認定された十三代今泉今右衛門、十四代酒井田柿右衛門、井上萬二、さらに重要無形文化財保持団体に指定されている「色鍋島今右衛門技術保存会」と「柿右衛門製陶技術保存会」の窯も巡ることができます。
詳細はこちらへ
有田陶器市

続きまして、関東圏の大きな陶器市と言えば、「益子 春の陶器市」です。

■益子 春の陶器市 主催:益子町観光協会
 4月27日(土)~5月6日(月):栃木県益子町

「春」というくくりでもお分かりのように、「秋」にも陶器市が開催されています。
毎回テーマが決められており、去年は「花」だったようですが、今年は「マグカップ」。販売店約50店舗のほか、約500のテントが張られ、作家から直接購入できます。
 益子焼は、大正13(1924)年に浜田庄司が移住し、柳宗理らとともに民芸運動を行い
始めたことから着目されるようになりました。「用の美」。日常生活の中で使われてこその美として、多くの陶工に影響を与えました。浜田庄司、島岡達三が重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されています。
浜田窯の横には「浜田庄司記念 益子参考館」があります。歴史ある建物は圧巻です。また益子では若手作家の展示も開催されているので、益子焼の幅広さを感じるのも楽しそうです。
 
 詳細はこちらでご覧ください。
益子陶器市

 そのほかの主な陶器市です。

■波佐見陶器まつり(長崎県)主催:波佐見陶器まつり協会
 4月29日(月)~5月5日(日):波佐見町やきもの公園一帯
波佐見陶器まつり

■白山陶器の陶器市
 波佐見陶器まつりに合わせて行われています。(白山陶器本社ショールームなど3か所)
白山陶器の陶器市

■笠間の陶炎祭(茨城県)主催:笠間焼協同組合
 4月29日(月)~5月5日(日):笠間芸術の森公園イベント広場
笠間の陶炎祭

■萩焼まつり(山口県) 主催:萩焼まつり実行委員会 (萩商工会議所内) 
 5月1日(水)~5月5日(日):萩市民体育館
萩焼まつり


■九谷茶碗まつり(石川県) 主催:石川県陶磁器商工業協同組合
 5月3日(金)~5月5日(日) :ふれあいプラザ周辺
九谷茶碗まつり

また、都内では老舗のギャラリーによるイベントが行われています。
■東京アートアンティーク
東京アートアンティーク 
4月26日(金)~4月28日(日)中央区日本橋・京橋エリアのギャラリー


お近くや、旅先などで様々な陶器に触れてみてはいかがでしょうか?

(執筆者:E)

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アンティークジュエリー

こんにちは。今週末はBAGS/JEWELLERY & WATCHESオークションを開催致します。
今回、珍しくアンティークジュエリーがいくつか出品されますので、少しご紹介したいと思います。
アンティークジュエリーとは、製作されてから100年以上経過した宝飾品のことを指します。本場はイギリスで、実際市場に出回るアンティークジュエリーは製作から200年以内のものが大半を占めるため、ほとんどがヴィクトリア時代のものと言えます。
ヴィクトリア時代とは、1837年に18歳の若いヴィクトリアが王位についてから、1901年逝去までの長い治世の時代を指します。この時期イギリスでは既に産業革命が成し遂げられており、また、世界中に植民地を広げ、強力な生産力と富を保持していました。ヴィクトリアはジュエリーをこよなく愛したため普段からそれらを身につけ、ジュエリーは以前より頻繁に人々の目に触れるようになります。それまでは権威の象徴だったジュエリーですが、国家の生産力の向上と富の増大により、様々な階級の女性も女王の真似が出来るようになりました。こうしてジュエリーは、いまだかつてないほどの隆盛を極めます。女王は若い頃、赤いガーネットを特に好んで身につけたため、その影響で、19世紀前半にはガーネットが大流行したようです。
今回まさに、初期ヴィクトリアンジュエリーの典型的なデザインを持つ商品が出品されます。

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Lot582 ガーネットブローチ(1840年頃)
Estimate ¥50,000~¥100,000


アンティークジュエリーの魅力の一つに、現代では再現することが難しく、失われた技術と呼ばれるほど高度な技術を要する、ミリ単位の金の装飾があります。上記右側の画像を見ていただければ分かると思いますが、本当に細かい細工が施されています。
また、このブローチには、“ルポゼ”という金にふくらみをもたせたデザインが見られます。ルポゼはヴィクトリア初期に頻繁に見られる技法で、ふんだんに金が使えない時代、限られた金をより大きく見せるために編み出されました。薄い金の板を叩き出し、立体感と重厚感をもたせています。1848年にカリフォルニアで、1851年にオーストラリアで相次いで金鉱山が発見され金がふんだんに使えるようになると、ジュエリーはずっしりと重量感を持つようになります。これは鉱山発見以前のものなのでしょう。非常に軽く、着けやすい仕上がりになっています。

ヴィクトリア時代中期には、ジュエリーの世界に特に大きな影響を与える、二つの出来事がありました。
まず、1861年に、ヴィクトリアは最愛の夫アルバート公の死という不幸に見舞われます。女王はその後、約25年間もの長い間喪に服しました。執務中も黒いドレスを着用し、ジェットという黒い宝石を身に着け、側近たちにもそれを強要しました。庶民の間ではモーニングジュエリーが大流行し、彫金したゴールドに黒いエナメルで装飾を施し、パールや小さいダイアをあしらい(パールやダイアモンドは、無色ということで喪中でも身につけることが許されたようです)、遺髪を入れるロケットを持った装身具が、一時期製造が間に合わないほどの人気を集めました。喪が明けても、ロケットタイプのジュエリーは人気を保ち続け、様々なものが製作されていたようです。
今回、ロケットタイプのジュエリーは2点出品されています。
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Lot585ガーネット パール ダイアモンドペンダントトップ(1880年頃)
estimate¥150,000~¥250,000
 

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Lot587 ボヘミアンガーネットブローチ(1880年頃)
estimate¥50,000~¥100,000


Lot585の中央に入れられている星の模様は、ヴィクトリア時代の典型的デザインです。この時代、天然パールやダイアモンドで、これと同じデザインを使ったティアラやブローチなど多くの作品が作られています。

そしてもう一つ、1867年に、南アフリカのキンバリーでダイアモンドの鉱山が発見され、ヨーロッパに大量のダイアモンドが流入するようになりました。そして、それまでのローズカットに加えて、新たに発明されたオールドヨーロピアンカットが使用されるようになり、ダイアモンドは一層の輝きを得て人々の間に普及していきます。

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Lot590 ダイアモンドブローチ(1860年頃)
estimate¥400,000~¥600,000


こちらは花の部分の裏にコイル状のバネが仕込まれ、細かく揺れる仕組み(トレンブラン)になっています。

ヴィクトリア時代後期に入ると、大量に供給されるダイアモンドを用いたジュエリーが多く作られるようになりました。また、暗いイメージのモーニングジュエリーへの反動も表れ、全体に明るく繊細なものが好まれるようになります。また、自然主義の影響で、小ぶりな花や葉、月や星を象ったものが多くなっていきました。これが、もっと後のアール・ヌーヴォー様式に繋がっていきます。

アンティークジュエリーはボリュームがあるものが目立つため、現代のスタイルには似合わないとお思いの方もいらっしゃるかもしれません。しかし、着けてみると意外に使いやすいジュエリーです。特に、ヴィクトリアンジュエリーは、一般の人が着けて美しく見えるようにデザインされたものが多いので、着けた時にこそ、その真価が発揮されるのです。ドレスの胸元やジャケットの襟元に映え、現在のシンプルなスタイルのポイントとしても、とても素敵にお使いいただけます。
時を経て私たちの手元に来るアンティークジュエリーは、その個性的なデザインが何かの意思を持っているようで、歴史を知れば知るほど面白く、見る者を感動させる魅力を持ちます。
下見会は4月17日(水曜日)からです。是非手に取って、細部の細かさを確かめ、アンティークジュエリーならではの魅力を感じてみて下さい。

下見会・オークションスケジュールはこちら

(執筆:N)

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桜満載・近代陶芸/古美術オークション

先週の織田広喜/近代美術/浮世絵オークションは、来場者数も多く、とても活気のあるオークションでした。ご来場頂いた皆さま、どうもありがとうございました。
今週末は近代陶芸/古美術オークションが開催されます。ぜひこちらへも多くのご来場をお待ちしております。

さて、桜満開の季節ですが、「花より団子」という皆さま、本格抹茶茶碗でお茶を楽しまれてみてはいかがでしょうか?今回は普段より多くの茶碗が出品されます。その数ざっと90点!
 会場1
こちらが近代陶芸

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そしてこちらが陶芸PARTⅡです。

  荒川豊蔵、井上萬二、浜田庄司、藤原啓、十二代中里太郎右衛門、坂田泥華、九代大樋長左衛門、そしてバーナード・リーチなどなど!様々な技法と作家により制作された品々が集まりました。中でも最も評価が高いのは、十五代樂吉左衛門の「黒茶碗」(LOT.122:エスティメイト:¥3,500,000~¥4,500,000)です。年始にNHKで特集が組まれ放映されていましたね。ご覧になられた方も多いのではないでしょうか?
千家の茶碗師・樂家当代の黒茶碗を実際に触れられる機会です。ぜひ間近でご鑑賞ください。

 そして古美術オークションからご紹介したいのは、土佐光芳「三十六歌仙歌合帖」です。
(LOT.159 エスティメイト¥1,800,000~¥2,800,000)
カタログには、一番「柿本人麻呂」と三十六番「中務」の部分を抜粋して載せてありますが、他に「桜」についていくつか詠まれている歌がありますので、ご紹介します。

紀貫之4
紀貫之
「桜散る 木の下風は 寒からで 空にしられぬ 雪ぞ振りける」
『春が深くなったと思うけれども、桜の花の散る木のもとは、まだ雪が降っている。』


『土佐日記』で知られる紀貫之の歌です。
桜の散る様子が、雪が降っているように見えるというなんとも綺麗な歌です。「空が知らない」とは、まさに詩人。
 そしてもう一人。「小倉百人一首」で「今こむと いひしばかりに なが月の 有明の月を 待ち出でつるかな」を
詠まれた方です。

素性法師4

素性法師
「みわたせば 柳桜を こきまぜて 都ぞ春の 錦なりける」
『はるかに都の方を眺めると、柳の緑と桜の紅とを混ぜ合わせた都こそ、
春の錦(あでやかで美しいこと)であることよ。』

 
これもまた、詠むだけで情景が浮かんでくるようですね。新緑と薄紅。古来から日本人の色彩感覚が
優れていたことがわかります。

 春を、また違った角度で楽しむことができるオークションへ、ぜひ足をお運びくださいませ。

今回は下見会、オークション開始時間が、いつもと異なりますのでご注意ください。

■下見会日時:
3月28日(木)・29日(金)/10時~18時
3月30日 (土)/9時半~11時半
■オークション日時:
3月30日(土)/15時~(受付は14時半開始)


(執筆者:E)

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