“印象派Year”の今年は、マネからモネ、ルノワール、ポスト印象派のゴッホやゴーギャンまで、世界中から集められた名品を国内の美術館で観ることができます。雑誌でも印象派を特集したものをよく見かけますね。
シンワの7月の近代美術オークションにも、印象派の巨匠2人の作品が出品されます。今日はそれらをご紹介いたします。
まずはこちら。
Lot.148 ピエール=オーギュスト・ルノワール(1841-1919)
《横たわる少女》
33.0×41.1cm
キャンバス・油彩 額装
1890年作
右下にサイン
Francois Daulte鑑定証書つき
Ambroise Vollard,Pierre-Auguste Renoir,San Francisco,1989,P.46 №181ほか掲載
エスティメイト ★ \40,000,000.~60,000,000
印象派を代表する画家のひとり、ルノワールは、フランス中西部リモージュの仕立て屋の家に生まれました。20歳の頃、国立美術学校に入学。同じ時期に通った絵画教室でモネやシスレーらと出会い、ともに革新的な絵画を模索していきます。戸外での制作を取り入れ始めると、眩いばかりの自然の光で画面を満たし、同時代を生きる人々の姿を生き生きと描き出しました。「印象派」と呼ばれた1870年代を経て、1890年代以降は女性美に情熱を傾けた円熟期の作風を展開します。
円熟期に差し掛かる1890年頃に制作された女性像です。ここでは「真珠色の時代」と呼ばれるこの時期の特徴が見て取れます。
それは、溶け合うようなタッチと柔らかな色調です。印象派の時代は、目で捉えた外光や空気の描写に重点が置かれていたため、モチーフはより明快なタッチと色遣いで表現されました。しかし、本作品では、少女を愛でるように優しく描き出し、その美しさを引き立てるように周囲の自然を簡略化して描いています。それゆえ、少女に光が当たっているのではなく、彼女の内側から輝きが放たれているようにも感じられます。
そして、少女のふくよかな身体や赤く染まる頬もこの時期の特徴のひとつです。これは、梅原龍三郎など、日本の画家たちが憧れた女性像のスタイルでもあります。
また、田園的なモチーフは、1880年代から取り入れ始めた題材ですが、晩年にかけてたくさん描かれるようになっていきます。パリで麦藁帽子が流行っていたから、というのもその理由のひとつですが、ダンスをする若者たちなど、時代の空気がよく伝わるようなモチーフの多かった印象派時代に比べ、ルノワールがより普遍的な美しさを求めていたためとも考えられます。
もう1点はこちら。

(表) (裏)
Lot.145 ポール・セザンヌ(1839-1906)
《樹木の習作》
紙面:15.8×15.7cm 画面:14.3×14.6cm
紙・水彩 額装
1885-1890年頃作
福島繁太郎箱
西洋美術名作展出品 1957年(京都市美術館/朝日新聞社)
三人展:セザンヌ・ルノワール・ルオー出品 1963年(新宿・伊勢丹/毎日新聞社)
John Rewald,Paul Cezanne,The Watercolors:A Catalogue Raisonne,Italy,1983,№278,catalogued P.150
エスティメイト \3,000,000.~4,000,000
ピカソの「唯一の先生」、マティスにとっての「絵の神様」といえばセザンヌです。セザンヌは「近代絵画の父」とも呼ばれ、コンテンポラリーアートも彼から始まったと言って過言ではありません。
セザンヌは、南仏エクス=アン=プロヴァンスの裕福な銀行家の家に生まれました。最初は法律を学びましたが、22歳のとき画家を志してパリへ。ピサロに出会い、印象派の絵画を制作していきます。後に再び南仏に移住し、静物画、風景画、人物画、それぞれの分野において自然の本質や永遠性を構築的に表現することを探究しました。その深い造形性は、キュビスムなどの20世紀美術に決定的な方向性を示したと言えます。
1880年代、セザンヌはしばしば南仏レスタックやエクスを訪れ、風景画に取り組みました。代表作とも称される「サント=ヴィクトワール山」の連作もこの時代に描かれたものです。りんごの静物画のイメージが強いセザンヌですが、生涯制作した作品は風景画が圧倒的な数を占めています。
本作品を描いた1885-90年頃、セザンヌは水彩画に精力的に取り組みました。印象派時代の風景画では、陽光が降り注ぐ樹木を揺らめくように軽やかなタッチで描いていましたが、この時期のセザンヌにとって樹木は画面構成上の重要な要素のひとつでした。それゆえ、均整のとれた配置で幹をしっかりと捉え、葉の茂みで空間にリズムをもたらしました。爽やかな色彩で描いた本作品においても、幹を中心に画面が構成されています。こうした構成への強い関心から、この時期のセザンヌがすでに印象派を超克し、円熟期を迎えていたことがわかります。軽やかな雰囲気の作品ですが、自然と向き合い、そこから受ける感覚をいかにして画面に実現させていくかという、セザンヌ芸術の根幹が垣間見られます。
これらの作品は10日は大阪で、21~24日は東京でご覧いただけます。
下見会スケジュールはこちら
印象派ファンのみなさまは展覧会とあわせてシンワの下見会にもぜひどうぞ!
みなさまのご来場を心よりお待ちしております。
(執筆:S)
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作成者別アーカイブ: SHINWA ART AUCTION
上海万博、各国の芸術作品が集合!
上海万博がはじまって約2カ月が経ちました。
市内の至る所に上海万博のキャラクター、海宝の姿や、ボランティアスタッフが常駐する案内スタンドが設置され、また地下鉄等の交通機関や公共の場のテレビでも、時間毎の入場者数や各パビリオンでのイベントなどが常に報道されており、万博会場外であっても市内は万博色で染まっています。
さて、過去の万博を遡ると、1867年のパリ万博では日本の工芸品や浮世絵が紹介されて印象派の画家たちに影響を与えたことや、1889年のパリ万博ではエミール・ガレのガラス工芸がグランプリを受賞し、国際的に評価されるきっかけとなったこと、また1937年のパリ万博、スペイン館にパブロ・ピカソの『ゲルニカ』が展示されて観衆に衝撃を与えたことなど、万博で紹介される芸術は、その後の芸術に多大な影響を与え得る重要な役割を担っていたことが窺えます。
今回のこの上海万博においても、世界の秘宝や芸術作品が一堂に会し、話題を集めています。
フランス館では、フランス・オルセー美術館が所蔵する印象派の作品を中心に7点の作品が出展されています。(ミレーの『晩鐘』、マネーの『バルコニー』、ヴァン・ゴッホの『アルルのダンス・ホール』、セザンヌの『Woman with Coffee Pot』、ポール・ゴーギャンの『ミール(バナナとも呼ばれる)』、ピエール・ボナールの『化粧室』、オーギュスト・ロダンの彫刻『青銅時代』)
これらの作品は国外で同時に展示されるのは初めてで、総額10億ユーロ(約1230億円)もの保険が掛けられているそうです。
フランス館
メキシコ館では、アステカ文明やマヤ文明の時代から、現代に至るまでの歴史を芸術作品を通してひもとく試みがなされており、文明時代の石像彫刻の他、現代芸術作品としては、メキシコの著名な現代画家でその人生が映画化されたことでも知られるフリーダ・カーロの自画像が展示されています。

マヤ文明石像彫刻 フリーダ・カーロ
900~1200年代のもので、178×494×30cm 《自画像》 キャンバス・油彩
という迫力ある逸品。 64×84cm
また各国家館が並ぶ会場(浦東エリア)とは川を挟んだ別会場(浦西エリア)にある都市足跡館と万博博物館においては、世界各国の博物館や美術館から借りた330点もの文化財が展示されています。
前者の都市足跡館では、日本の江戸時代を紹介したコーナーがあり、江戸の町を再現した模型と共に、葛飾北斎や歌川広重の浮世絵を発見!過去の万博を紹介した後者の万博博物館には、宮川香山の重要文化財『黄釉錆絵梅樹文大瓶』、鈴木長吉の彫刻『鷹』、涛川惣助(なみかわそうすけ)の七宝焼きで描かれた日本画『七宝焼富士山図』等が紹介されています(共に東京国立博物館所蔵)。
また1900年のパリ万博に出展されたというロダンの『考える人』をはじめとする7点の作品も展示されています。

都市足跡館 万博博物館
歴史ある都市を再現したパビリオン 万博の歴史を紹介したパビリオン
江戸の町の模型や浮世絵を展示 手前のオブジェは中国の伝統工芸
「中国結び」をモチーフとしたもの
万博会場内には他にも、前述したピカソ『ゲルニカ』のスケッチ手稿、レンブラントの『手を腰に置く男性の肖像』、レオナルド・ダ・ビンチの手稿など、普段なかなか見ることのできないお宝の数々を鑑賞することができます。またもちろん、中国の秘宝も数多く展示されており、それらの展示の前では人だかりが絶えないようです。この機会にぜひ実物を鑑賞したいものです。

岡本太郎《太陽の塔》 (万博博物館内)
1970年大阪万博のシンボルの模型
上部の液晶には、塔が360°回転する映像が流れる。
(執筆:M)
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アーティストLee・ Kang Wook

梅雨入りの季節、ワールドカップの熱気で世界中が盛り上がっているようですね。皆様もわくわくと楽しんでいらっしゃいますでしょうか?
今日は、韓国内や海外での個展を中心にその活躍の場を着々と広げつつある韓国の若手作家の一人をご紹介させていただきます。
イ・ガンウク(Lee・Kang Wook)の作品を始めて目にしたのは海外のオークションハウスの下見会。近年、圧倒的に具象画が多い韓国の現代アート界では、抽象画とはちょっと珍しいと思いました。
34才という若い作家が作り出した抽象の世界は、淡く薄く色付けた平面のキャンバスの上に、宇宙の一部なのかある生き物の細胞なのか、まるで生きているような様々な線や点たちが生み出す妙な空間。
キャンバスにグワッシュで描いたドローイングの上に、ジェル・メディウム(Gel Medium)とバインダー(絵具の固着材)を何度も塗り重ねることで立体的な「透明感」を作り出すイ・ガンウクの作業は、まるで、暖かくて柔らかい無定形の対象を剝製にするように、作家の内面からのイメージをキャンバスの上に固着させます。作家はこのような瞬間的な固着の過程を通して、観る人に動と静、生と死の意味を考えさせると同時に、その固着された対象の永続を望むようにも見えます。
彼の作品には、奥から染み出す鮮やかな色彩をより生々しく感じさせる「透明感」のほか、優れた「繊細さ」を感じることができます。洗練されたタッチとビーズやプラスチックとのストイックな組み合わせは、まるで細胞たちが生きているかのようにうねり、限定されたキャンバスの画面を超えて宇宙の何処までも広がっていくように見えます。それは温和で繊細な作家の性格からくるものでしょう。
「全体は自分であり、部分は自分を構成する最も微細な自分を示す。見る主体(観客)と描かれる客体(作品あるいは作家自身)との間を縮めることとは、結局、自分が自分自身にどのくらい近づけるかの問題であろう。」と作家は言います。それはまるで、人類の、性の、個人の区別は、顕微鏡で見てみればただの「細胞」に過ぎないと、人と人との間に生じる「差異」の儚さを教えてくれるようですね。
日本でも3回の個展経歴を持つイ・ガンウクに実際お会いしたところ、自己愛に溢れる愉快な方で、「自分を愛することって、他人を愛する一番いい方法です」というやさしい真理を教えてくれました。
アジアだけではなくアメリカやヨーロッパの有名なギャラリーでの個展や企画展を通してその評価を高めてきたイ・ガンウクは、現在イギリスのロンドンで制作活動を進めています。
< 作業中のイ・ガンウクさん>
■プロフィール: Lee, KangWook (B.1976)
2001 (韓国)Hong-Ik大学校 美術大学 絵画科 卒業
2003 (韓国)Hong-Ik大学校 美術大学大学院 絵画科 卒業
2004 レジデンス:第3期ChangDongスタジオ(2004~2005(韓国)国立現代美術館)
【個展】
2007 Gallery Rho, ソウル
Hino Gallery, 東京
2006 Spring Gallery, 上海
2005 Galerie de Temps, 東京
Cheltenham Art Center, フィラデルフィア
Gallery Will, ソウル
2004 Gallery Rho, ソウル
Gallery Ju-ichi gatsu, 東京
2002 Total Art Museum, Jangheung(韓国)
Hanjeon Plaza Gallery, ソウル
【主な企画展】
2008 KAM’s Choice: The Soul of Korean Contemporary Art (Insa Art Center, ソウル)
Emergentism (Edge Gallery, 香港)
2007 Imaginary Moments (Im Art Gallery, ソウル)
月刊朝鮮〈2007評論家選定現代作家50人展〉
2006 現代日・韓展(ONO Gallery, 東京)
We Meet Prague-Korea Contemporary Art 16 Artists Joint Exhibition(Galerie Passage, プラハ)
2005 ソウル青年美術際-ポートフォリオ2005(ソウル市立美術館, ソウル)
韓・米現代美術の理解と交感展(Cheltenham Art Center, フィラデルフィア)
作家Homepage: http://www.leekangwook.com
〈執筆:W〉
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ナムジュン・パイク アート・センター
【ナムジュン・パイク略歴】
1932年、韓国ソウル生まれ。
1956年、東京大学文学部美学・美術史学科卒業。
1956年 ドイツに渡り、ミュンヘン大学で音楽史を学ぶ。フライブルグ高等音楽院で作曲を学ぶ。
1962年 フルクサスの活動に参加。東京、ローマでの展覧会に出品。
1964年 ニューヨークへ移住。
1965年 ニューヨーク、ニュー・スクール・フォー・ソーシャル・リサーチにてアメリカでの初個展。
1977年 ビデオ・アーティスト久保田成子と結婚。ハンブルグ美術大学で教鞭をとる。
1982年 ホイットニー美術館で大回顧展
1984年1月1日、衛星中継番組「グッド・モーニング・ミスター・オーウェル」が米、仏、西独、韓国などで放送される。
1993年 第45回ヴェネツィア・ビエンナーレに招待出品。
1998年 京都賞受賞。
2000年 米韓で大規模な回顧展。ウィル・グローマン賞受賞。
2006年1月29日、アメリカ合衆国フロリダ州マイアミの別荘で死去。
ビデオ・アートの開拓者としてよく知られるナムジュン・パイク。ナムジュン・パイク アート・センターは、韓国のソウルから車でおよそ2時間かかる京畿道に位置し、京畿道の道立美術館の一つとして運営されています。
〈アート・センターの外観〉
パイクの生前である2001年から設立の企画が開始され、2008年に着工されたこのアート・センターは、パイク本人から〈ナムジュン・パイクが長生きする家〉という名を付けられました。
その施設をちょっと見てみると、全面積5,605㎡の地下2階・地上3階の建物には、1~3階の展示スペースや、資料室、アトリエ・スタジオ、収蔵庫、研究室などが揃っています。2,285点の収蔵品の中、常設展示されている作品は、例の〈三元素〉、〈TV魚〉、〈TV時計〉、〈ロボット456〉など、彼を代表する作品揃いで、「いつでも会えるよ!」と言うように来客を迎えています。
〈1階の展示風景〉

〈2階の風景〉
まるで普通の家のようにいくつかの部屋に区切られた1階の展示場から2階への階段を上ってみると、1階の展示場全体を見渡すことができます。中でも、1階からではなかなか分かりにくかった大きな作品群の全てを見ることができ、とても新鮮な風景でした。流石〈ナムジュン・パイクが長生きする「家」〉です。

〈3階の展示風景〉
自分で名づけたアート・センターが着工する直前に伝えられたパイク死去の報に接し、とても残念に思った人も多いことでしょう。
しかし、寛容的でありながら批判的であったナムジュン・パイクの芸術精神、そして「アートは、チャレンジである」と言った彼の話のように、ナムジュン・パイク アート・センターがこれから見せてくれる新たな展開はとても楽しみなものに違いありません。
以下は、2004年のニューヨークにて、韓国の朝鮮日報、Jung,JaeYen記者が取材した記事を訳したものです。ナムジュン・パイクのアートの世界をより身近に感じることができますように添付いたしました。
【2004年のある日、ニューヨーク】
-今一番やりたいことは何ですか?
「ウム。。恋愛!」
-恋愛はかなりの経験のお持ちではないでしたっけ?
「それが、まだ足りないの。」
-みんな先生を天才と呼びますね?
「いや、天才じゃありません。それはお世辞。」
-でも、美術史に残る偉大な芸術家ではあるでしょう?
「残るのは残るはず。」
-どんな芸術家としてですか?
「メディア・アーティスト。」
-それだけじゃ、ちょっと足りない気持ちになりません?
「じゃ、どうするの?」
-ビデオ・アートの創始者はいかがでしょう?
「どうでもいい。自分の仕事さえできるならばね。」
-恋愛の他にアート的にはなんかやりたいことはありませんか?
「本を書きたいね。自叙伝。英語で書くつもり。」
-タイトルは?
「スクルタブル・オリエンタル(scrutable oriental)。〈わかりやすい東洋人〉の意味なの。みんな東洋人に〈スクルタブル(scrutable)〉と言うからね。しかし韓国人はちょっと違うね。正直というか。。。」
-韓国人に言いたいこととかありますか?
「いっぱい働いて、いっぱい遊んでね!って。」
-遊びって大事ですか?
「大事。」
-良い遊び方は何でしょう?
「いっぱいお酒飲めば良いの。マッコリ(お酒の一種)をいっぱい飲んだら良い。」
-一番素敵な芸術家って誰でしょう?
「ウム。。ヨーゼフ・ボイス、ジョン・ケージだろう。」
-お体がちょっと不自由で、作業に不便ではありませんか? 治療も真面目に受けていないと聞きましたが。(この頃のパイクは、病気で車椅子に乗っていました。)
「元々怠け者なのよ。」
-手が不自由なら作業する際にいらいらしませんか?
「もちろん。しかし、私はコンセプチュアル・アーティストだから大丈夫。頭も大丈夫だし、話もできる。いらいらしたりはしないね。」
-ニューヨークに来てから40年、〈グッドモーニング・ミスター・オーウェル〉の発表からは20年ですね。あっという間ですね?
「そうね。仕方ないだろう。」
-どうしてニューヨークが好きなのですか?
「暑いから好き。犯罪も多いし。」
-だからお好きですって?
「アートはそこからだよ。人生がくさったらアートになり、社会がくさったらアートになるの。」
-以前、〈アートは詐欺〉と言いましたね?今度は〈社会がくさるとアートになる〉ですって?
「その通り。」
-何の意味ですか?
「そんな意味なの。」
-では、ソウル(韓国)ももっとくさったら芸術家がいっぱい生まれますかね?
「そうね。ソウルも腐敗してる。だからこそもっと良いアートが生まれるはずだ。」
-ナムジュン・パイクってどんな人ですか?
「わたし? バカ者。」
-どうしてですか?
「バカだからバカだろう? バカなの。バカ。狂ったやつ。」
-若い頃、狂ったやつってよく言われましたよね?
「もちろん、アメリカでは未だに言われる。」
-そう言われて大丈夫ですか?
「しょうがないじゃん。私はスノッブ(snob)だから。名声を楽しんでる。お金は持ってないけど名声は持ってた。」
-いったいどうしてピアノを破ったり、ネクタイを切ったりしたのですか?
「それが、ダダイズムだから。」
-人生って何ですかね?
「人生は、くさったマッコリだ。」
-それはどんな味ですか?
「知らん。私もまだ味見してないからね。すっぱいだろう?」
-最近も熱心に新聞を読んでいらっしゃいます?
「韓国の新聞、ニューヨーク・タイムズなどなど読んでる」
-アメリカ大統領選挙にご興味ありますか?
「うん。ケリーが勝って欲しい。平和主義者だから。」
-いつかは韓国に帰りたいですか?
「うちの家内が亡くなったらね。(愛情たっぷりの声で)家内はなかなか死なないの(笑)。元はビデオ・アートをやってたけど、私のせいであんまりやれなくて、すまない。」
【観覧概要】
日~木曜日:午前10時~午後7時
金~土曜日:午前10時~午後9時
*年中無休
*入場料:無料
< 執筆:W>
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松園・清方・深水 美人画の競演
5月22日(土)の近代美術オークションには、美人画の名品が多く出品されます。今回はその中から、選りすぐりの3点をご紹介いたします。
その前に、まず「美人画」のお話を少し。
「美人画」のはじまりは、江戸時代の浮世絵です。奈良や平安の頃から美しい女性を描いた絵巻や屏風はありましたが、町娘や遊女などをモデルに女性の美しさを追求するようになったのは、菱川師宣や喜多川歌麿など、浮世絵の美人絵の絵師たちでした。美人絵は、江戸時代、およそ150年に渡って流行し、百花繚乱の様相を呈しました。
しかし、幕末になると、美人絵は次第に退廃的な官能美へと向かっていき、明治に入ってから山水画や花鳥画が日本画の一ジャンルとして確立していく中で、あまり高い評価を得られませんでした。
明治時代後半、美人絵を肉筆による近代的な「美人画」として新しい感覚で蘇らせたのが、鏑木清方や上村松園です。清方をはじめ、江戸の浮世絵の流れを汲む画家たちと、松園ら、京都の円山四条派に派生する画家たちによる優れた制作と努力によって、「美人画」は日本画の重要なジャンルとして確立し、高く評価されるようになりました。
まず、「西の松園・東の清方」と称された二人の美人画の名手の作品をご紹介いたします。
Lot.98 上村松園《新蛍》
46.5×50.8cm
絹本・彩色 軸装
右上に落款・印
共箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
エスティメイト \8,000,000.~14,000,000.
上村松園(1875-1949)は京都の町家生まれ。20歳のとき竹内栖鳳に師事。初期から晩年まで、一貫して美人画を描き続け、近代の美人画を導き続けました。1948年女性としてはじめて文化勲章を受章。日常を生きる人間としての女性美を女性自身の心と眼差しで捉え、気高く描き出した画家です。
こちらはこれからの季節にぴったりの作品です。松園は初夏の風物詩・蛍を愛でる女性というモチーフを好んで描き、同じ画題では昭和4年作(山種美術館蔵)や昭和19年作(東京国立近代美術館蔵)がよく知られています。「すだれ越しの女性」は、浮世絵に多く登場する題材で、透かしの奥に女性を配することにより、余情、奥ゆかしさといった日本的な美意識を表現し、風の動き、夏の涼を演出するものです。松園はその技を学んだ上で、浮世絵の主な鑑賞者であった男性の好みに添った視点を、松園の理想とした自立した女性のそれに置き換え、計算され尽くした巧みな画面構成により全く異なる美的世界を創造しています。「一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香高い珠玉のような絵」を目指し、日本女性の美の極みを表現した松園を象徴するような作品です。
【オークション終了につき、図版は削除いたしました】
Lot.86 鏑木清方《紅筆》
114.3×50.7cm
絹本・彩色 軸装
大正3年(1914)作
右下に落款・印
共箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
エスティメイト \2,000,000.~3,000,000.
鏑木清方(1878-1972)は東京神田生まれ。13歳で浮世絵の流れを汲む挿絵画家・水野年方に師事。挿絵画家として活躍した後、1907年から官展へ本画を出品し、日本画家としての地位を確かなものにしました。関東大震災を機に東京の姿が一変すると、江戸の面影を残した明治の下町の風俗に思いを寄せ、女性をモチーフに往時の人々の情緒溢れる日常の情景を描きました。
本作品は1914(大正3)年作。1907年に文部省主催の美術展覧会(文展)が開設されると、当時の青年画家たちは画壇の登竜門としてこの展覧会での入選を目指すようになります。この時期、本画制作に精力的に取り組んだ清方も毎年文展に出品し、画家として大きく飛躍していきました。美人や風俗を描いた日本絵画の系譜を遡り、喜多川歌麿や勝川春章、鈴木春信らの浮世絵諸派をはじめ、近世初期風俗画までの伝統表現を研究した上に、清新な女性像を作り上げていったのです。本作品では、女性の黒目が印象的な顔立ちや画面いっぱいに人物を描く構図が、この時代の作風をよく示しています。若い女性が紅をさす所作が醸し出す情感と、たっぷりと波打つ着物の華やかで洗練されたデザインが魅力的な作品です。
松園や清方らの活躍で、大正、昭和の美人画は画壇において高く評価されるようになりました。彼らに続いて多くの日本画家たちが美人画を描きましたが、戦後の美人画を担った画家といえば、清方の門下生・伊東深水です。
【オークション終了につき、図版は削除いたしました】
Lot.93 伊東深水《静座》
55.0×46.0cm
紙本・彩色 額装
右横に落款・印
共シール
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
エスティメイト \3,000,000.~4,000,000.
伊東深水(1989-1972)は東京の深川生まれ。13歳で鏑木清方に師事。16歳の若さで院展、翌年には文展に入選するなど早くから頭角を現し、以降、日本画壇の中核を担い続けました。女性像に自らの理想を追求しながら、時代の風俗や流行をも描き込み、モダンで品格ある作風を展開。浮世絵の伝統を今日に受け継いだ、「最後の浮世絵系美人画家」と称される画家です。
戦後の深水が得意とした、洋髪和装のモダンな女性像です。落款・印から、昭和30年代以後の作でしょうか。この時期の深水は、色彩や線描、構図などにおいて、余分な要素を削ぎ落とすような作風へと向かっていきましたが、本作品においても無駄のないすっきりとした構成が見て取れます。ここでは、《静座》という画題の通り、女性が心を落ち着けて静かに座っている様子が描かれています。気品の漂うその姿には、深水が追求したいつの時代も変わらない日本女性の美しさの本質とともに、当時の若い女性らしい凛とした雰囲気が描き出されています。
ぜひ会場で三作家三様の美しさをご堪能ください。
みなさまのご来場を心よりお待ちしています。
下見会スケジュールはこちら
(執筆:S)
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PartⅡ下見会@銀座
今週は銀座で近代美術PartⅡ、明日からは大阪でも近代美術とジュエリー&ウォッチの下見会を開催いたします。
今回は銀座会場の様子を少しご紹介いたします。
1Fの日本画のコーナーには、目黒雅叙園コレクションの作品が展示されています。なかでも、今回ご注目いただきたいのは「歴史画」です。
目黒雅叙園コレクション
歴史画とは、その名の通り、歴史上の人物や出来事を描いた作品を指します。
こうした題材は、古くから伝統的に絵巻などに描かれてきましたが、明治に入り、政府の芸術政策を一手に担った岡倉天心の指導によって、近代国家の発展のための重要な絵画という新たな意義がもたらされ、確立したジャンルです。天心は、歴史上の著名な人物や出来事を重んじることが、新しい日本のために必要だと考えたのですね。歴史画はそのプロパガンダとしての役割を担い、日本画だけでなく、洋画でも描かれていきました。
このジャンルで特に有名なのは、小堀鞆音(こぼり ともと)や松岡映丘ら官展系の作家や、安田靭彦、前田青邨、小林古径といった院展系の作家たちです。
圧巻の歴史画です。
歴史画はなんといっても、描かれた時代に連れて行ってくれるような、ロマン溢れる世界観が魅力です。今回出品されるLot.740林雲鳳《安宅》やLot.741森戸果香《斉藤別当》では、武将が身に付けた武具や装束、傍らにある道具などが、細やかに表現され、その場面の緊張感や人物たちの息遣いが伝わるようです。
また、Lot.743小山栄達《阿修羅》では、合戦の場面が幻想的に表現されています。どの作品も歴史画らしい品格と画家の技量の高さを感じさせますね。
B1Fでは、洋画や外国絵画、絨毯などを展示しています。
今回の洋画は、織田広喜の作品が充実しています。

織田広喜コーナーです
織田広喜(1914- )は福岡県生まれ。少年時代、村の寺で墨絵を習い、のちに仏画家・犬丸琴堂に油絵の手ほどきを受けます。1939年日本美術学校西洋画科卒業。1940年二科展に初入選。1948年洋画家・岡田謙三の家に住みこみ、制作に励みました。1950年二科会員となって以降、同会展に出品を続けます。1960年初の渡仏、以降取材のため、たびたびフランスを訪れます。1968年二科展にて内閣総理大臣賞受賞。1993年勲四等瑞宝章受章。1994年日本芸術院賞を受賞し、翌年、日本芸術院会員となりました。2006年二科会理事長に就任。哀愁漂う都会の情景と物憂げな雰囲気の女たちを描く、洋画界の重鎮です。
Lot.627《セーヌ河畔》やLot.630《白鳥と少女たち》など、100cmを超える大作では、織田作品の幻想的な世界に入り込んだかのような独特な雰囲気に包まれます。また、Lot.619《若き日のリラ》は、画家の愛妻を描いた作品です。ほかにも女性像がたくさん出品されますが、どの女性もアンニュイな雰囲気が魅力的です。合計18点出品されますので、織田広喜ファンの方はぜひご覧ください!
みなさまのお越しを心よりお待ちしています。
下見会スケジュールはこちら
(執筆:S)
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中国コンテンポラリーアート、30年の歴程
5月1日、ついに上海万博が開幕しました。早速会場に足を運んできましたが、スケールの大きさ、奇抜なデザインのパビリオンの数々に驚かされました。昼間はもちろん、夜はライトや映像を駆使した演出が美しく、違った風景を楽しむことができます。また彫刻プロジェクトとして園内に36体の彫刻作品が設置されているなど、アート関連イベントも行われています。これに関しては後日お伝えいたしますのでお楽しみに。
美術館の外観

会場入り口にずらりと並んだポスター
本展覧会では、文化大革命が終結し、改革開放以降に活躍しはじめた中国を代表する80名のアーティスト、約100の絵画作品が展示されています。
80年代初期に農村の人々の姿をありのままに描く表現でセンセーションを巻き起こした陳青丹(チェン・チンタン)や羅中立(ルオ・ジョンリー)の「郷土絵画」と呼ばれる写実主義からはじまり、90年代以降の王広義(ワン・グワンイー)、方力釣(ファン・リジュン)、岳敏君(ユエ・ミンジュン)等の「ポリティカル・ポップ(政治波普)」、「シニカル・リアリズム(玩世現実主義)」の代表作、劉小東(リュウ・シャオドン)の三峡ダムで働く労働者を描いた大作、また曾梵志(ズン・ファンジー)等海外のオークションでも人気が高いアーティストや、ここ数年活躍が著しい若手アーティストの作品もずらりと並び、見応えのある展覧会となっています。
特に、家族の肖像を描いた血縁シリーズで世界的に知られる張暁剛(ジャオ・シャオガン)に関しては、全く作風が異なる80年代の作品と、血縁シリーズの作品、両方を比較することができ、大変興味深かったです。

展覧会カタログとは別に制作された本。充実した内容に展覧会への熱意を感じる。

レッドタウンの至る所にポスターが。写真は王広義の作品のポスター。
この展覧会は映像、インスタレーション、彫刻等シリーズ化されており、2012年までの3年に渡って開催されていくようです。中国のコンテンポラリーアートの歴史を俯瞰できる貴重な体験になるのではと期待に胸が膨らみます。
(執筆:M)
「中国当代芸術三十年歴程 絵画篇1979-2009」
会期:2010年4月18日~7月18日
会場:民生現代美術館
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「シンオクジン・コレクション 日本の近・現代美術」展
韓国で一番大きくて奇麗な港町と言われる、釜山(ブサン)市にある「釜山市立美術館」では去る2月23日から4月18日にかけて「シンオクジン・コレクション 日本の近・現代美術」展というちょっと珍しい展覧会が開かれていました。
表題の展示は、シン・オクジンさんという韓国人のコレクターが集めてきた日本の近・現代美術の作品を紹介する展覧会で、シンさんは、本来画商として韓国の美術界でよく知られている方です。今回の展覧会では、そのシンさんが10年かけて集め、釜山市立美術館に寄贈してきた日本人作家の作品、およそ50点が公開されました。
〈展示風景1〉
梅原龍三郎をはじめとする近代作家や、草間彌生・奈良美智などのコンテンポラリーアーティストにわたる作品のラインナップは、日本の近・現代美術の流れを一度に観ることができます。中でもシンワの近代美術オークションに出品されたことがあるいくつかの作品との再会は、とても懐かしく嬉しいものでした。
今回の展覧会は、個人コレクターの寄贈による初めての日本美術の紹介ということや、韓国内での寄贈文化の定着の良い例として話題になり、メディアからの取材も多かったようです。
展示は、時代の流れによって五つのスペースに分けられ、各展示会場では油絵・水彩・版画・彫刻・立体など、各作家の個性がよく伝わるようにコレクションをうまく見せていました。
中でも、梅原龍三郎、レオナールフジタ、岸田劉生など、日本を代表する巨匠たちの作品は、「日本における近代美術はこちらです。」と言うように堂々と展示され、韓国人の来客を迎えていました。
〈展示風景2〉
画商として40年近く多様な作品を取り扱ってきたシンさんが、なぜ日本の美術をコレクションし始めたのか、それは両国の間にできた歴史を遡ってみることでわかるようになります。
シンさんの話によると、現在、韓国で高く評価されている近代美術の作家を調べるたびに、必ず日本の近代美術につながり、両国間の特別な美術史が見えてきたそうです。
それは、韓国の油彩画家の第一世代のほとんどが日本への留学の経験を持ち、その頃、西洋美術を直接学ぶことができなかった韓国の画家たちは、日本の留学生によって入ってきた西洋画、つまり「日本の洋画」をそのまま「西洋画」として吸収したということです。そのような美術史的な痕跡から、自国の近代美術を知るためにはまず日本の近代美術を知るべきだと考え始めたのが、シンさんのコレクションの始まりでした。
〈展覧会カタログ〉
〈韓国・空間画廊代表、シン・オクジンさん〉
韓国語・日本語・英語の3ヶ国語に訳された作品解説付きのカタログからみても、今回の展覧会のため、今までどんなに努力を注いだのかよく伝わってきます。
現在も進行中であるシンさんのコレクション、そして釜山市立美術館の展示企画は、これからもまた新たな展開を見せてくれることでしょう。
桜が満開に咲いた頃、展示会場のあちこちをゆっくり歩きながら、両国における本当の意味の美術史が始まった瞬間にふっと気付いた自分でした。
今週末からいよいよゴールデンウィーク。皆様、お好きなアートと共に素敵な連休をお過ごしください!
〈執筆:W〉
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西洋美術下見会スタート
本日より西洋美術下見会が銀座シンワアートミュージアムでスタートしています。
(オークション4月17日(土)15:00~。詳細はこちら)

地下の様子

1階の様子
西洋美術オークションはほぼ一年に二回の頻度で開催されており、高い落札率を出しています。
今回は、いつも熱い人気を集めるアンティーク・ドールや、絨毯を含む総数338点が出品され、華麗なデコラティブ・アートの数々が会場を彩ります。 
LOT94 《マイセン「華麗なオーケストラ16体組(ガラスケース付き)」》(Est.\700,000~¥1,000,000)は、ぜひお近くでその精巧な作りをご覧いただきたい作品です。貴族が日々の暮らしの中に芸術を取り入れ、愛でていたことを伺わせるもので、豊かな動きと一体一体に異なる表情が飽きさせない作品です。《猿のオーケストラ》はマイセンを代表する21体(+譜面台)ですが、今回の出品作品もそれに類するマイセンの魅力溢れる一揃いです。
指揮者の燕尾服の下に隠れた筋肉の動きやバイオリンの弦まで表現されています。

女性のお客様のご来場も多い西洋美術。ロイヤルコペンハーゲンのお皿やカップ&ソーサー(写真左の棚上段)、ロブジュのパフューム・ランプ(写真右Lot230 Est. ★¥50,000~¥100,000)など、ご自身の鑑賞用のほか、贈り物にも素敵なお品が並びます。
オークションは初めてという方もぜひこの機会にお立ち寄りください。
(井上素子)
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鍍金ブロンズマントルクロックセット
こんにちは。
みなさんお花見は行かれましたか?
桜はもちろんですが、最近は新入社員や新入生らしき人たちを見かけると春だなあと思ってしまいます。
さて、シンワの4月といえば、西洋美術オークションです。
今日は出品作品の中から1点ご紹介いたします。
lot.128 鍍金ブロンズマントルクロックセット
時計:H86.0×W45.0cm
キャンドルスタンド:各H96.3×W40.0cm
鍵、振り子付き
★\1,200,000~1,800,000
マントルクロックは、マントルピース(暖炉の飾り棚)を美しく飾るために作られた時計です。
暖炉が現在のスタイルになったのは中世の北ヨーロッパ。煙突によって排煙する方式が発明され、部屋の好きな場所に暖炉を配置できるようになりました。すると、部屋の中で最も居心地の良い場所である暖炉の前が、その部屋の上座とされるようになっていきます。それとともに、暖炉は、暖をとり、肉を焼くための道具という本来の性質に加え、その家のステイタスシンボルとしての意味合いを帯び、王侯貴族たちの間で流行していきました。
マントルピースも、ゴシック、ルネサンス、ロココ様式など、時代と文化の変遷に合わせて装飾的で芸術性の高いものが作られるようになります。そこには、家の最も格式の高い場所に相応しい美術品が飾られました。マントルピースを美しく、誇り高く彩るために生まれたマントルクロックは、家の富と名誉の象徴と言えるでしょう。
本作品は、アンピール様式の装飾美が随所に見て取れるマントルクロックセット。アンピール様式とは、1804年ナポレオン1世が帝政を確立してから19世紀中期頃まで、フランスの建築、家具、装飾美術などに流行したデザインを指します。大きな特徴は、当時の優れた鍍金技術を駆使した壮麗で重厚な作風と、シンメトリックなデザイン。ナポレオンが憧れた古代ギリシア・ローマ、エジプト美術の要素を取り入れ、スフィンクス、勝利の女神、月桂樹など、その文化を代表するモチーフが用いられました。
本作品においても、中央の置き時計の最上部に、ローマ神話における愛の神・キューピッドを表す矢立てと松明、ギリシア・ローマ時代から霊木として崇められた月桂樹を編んだ冠を組み合わせ、愛と栄光を象徴しています。置き時計と2点のキャンドルスタンドのそれぞれにシンメトリーに配されたスフィンクスは、エジプトやギリシアの神話に登場する、鷲の翼と女性の上半身を持った神聖な生物です。こうした均整の取れた優美な装飾と、セット全体が醸し出す重厚感の見事な調和は、アンピール様式の粋と言えるでしょう。英雄の時代の装飾美と、本作品ほどの大きなマントルクロックが設えられた名家の風格を現在に伝える逸品です。
オークション・下見会スケジュールはこちら
みなさまのご来場を心よりお待ちしております。
(執筆:S)
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