タグ別アーカイブ:

松園・清方・深水 美人画の競演

5月22日(土)の近代美術オークションには、美人画の名品が多く出品されます。今回はその中から、選りすぐりの3点をご紹介いたします。

 その前に、まず「美人画」のお話を少し。
「美人画」のはじまりは、江戸時代の浮世絵です。奈良や平安の頃から美しい女性を描いた絵巻や屏風はありましたが、町娘や遊女などをモデルに女性の美しさを追求するようになったのは、菱川師宣や喜多川歌麿など、浮世絵の美人絵の絵師たちでした。美人絵は、江戸時代、およそ150年に渡って流行し、百花繚乱の様相を呈しました。
 しかし、幕末になると、美人絵は次第に退廃的な官能美へと向かっていき、明治に入ってから山水画や花鳥画が日本画の一ジャンルとして確立していく中で、あまり高い評価を得られませんでした。
 明治時代後半、美人絵を肉筆による近代的な「美人画」として新しい感覚で蘇らせたのが、鏑木清方や上村松園です。清方をはじめ、江戸の浮世絵の流れを汲む画家たちと、松園ら、京都の円山四条派に派生する画家たちによる優れた制作と努力によって、「美人画」は日本画の重要なジャンルとして確立し、高く評価されるようになりました。


まず、「西の松園・東の清方」と称された二人の美人画の名手の作品をご紹介いたします。

k008_convert_20100518123206.jpg
Lot.98 上村松園《新蛍》
46.5×50.8cm
絹本・彩色 軸装
右上に落款・印
共箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
エスティメイト \8,000,000.~14,000,000.


 上村松園(1875-1949)は京都の町家生まれ。20歳のとき竹内栖鳳に師事。初期から晩年まで、一貫して美人画を描き続け、近代の美人画を導き続けました。1948年女性としてはじめて文化勲章を受章。日常を生きる人間としての女性美を女性自身の心と眼差しで捉え、気高く描き出した画家です。

 こちらはこれからの季節にぴったりの作品です。松園は初夏の風物詩・蛍を愛でる女性というモチーフを好んで描き、同じ画題では昭和4年作(山種美術館蔵)や昭和19年作(東京国立近代美術館蔵)がよく知られています。「すだれ越しの女性」は、浮世絵に多く登場する題材で、透かしの奥に女性を配することにより、余情、奥ゆかしさといった日本的な美意識を表現し、風の動き、夏の涼を演出するものです。松園はその技を学んだ上で、浮世絵の主な鑑賞者であった男性の好みに添った視点を、松園の理想とした自立した女性のそれに置き換え、計算され尽くした巧みな画面構成により全く異なる美的世界を創造しています。「一点の卑俗なところもなく、清澄な感じのする香高い珠玉のような絵」を目指し、日本女性の美の極みを表現した松園を象徴するような作品です。


【オークション終了につき、図版は削除いたしました】


Lot.86 鏑木清方《紅筆》
114.3×50.7cm
絹本・彩色 軸装
大正3年(1914)作
右下に落款・印
共箱
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
エスティメイト \2,000,000.~3,000,000.


 鏑木清方(1878-1972)は東京神田生まれ。13歳で浮世絵の流れを汲む挿絵画家・水野年方に師事。挿絵画家として活躍した後、1907年から官展へ本画を出品し、日本画家としての地位を確かなものにしました。関東大震災を機に東京の姿が一変すると、江戸の面影を残した明治の下町の風俗に思いを寄せ、女性をモチーフに往時の人々の情緒溢れる日常の情景を描きました。

 本作品は1914(大正3)年作。1907年に文部省主催の美術展覧会(文展)が開設されると、当時の青年画家たちは画壇の登竜門としてこの展覧会での入選を目指すようになります。この時期、本画制作に精力的に取り組んだ清方も毎年文展に出品し、画家として大きく飛躍していきました。美人や風俗を描いた日本絵画の系譜を遡り、喜多川歌麿や勝川春章、鈴木春信らの浮世絵諸派をはじめ、近世初期風俗画までの伝統表現を研究した上に、清新な女性像を作り上げていったのです。本作品では、女性の黒目が印象的な顔立ちや画面いっぱいに人物を描く構図が、この時代の作風をよく示しています。若い女性が紅をさす所作が醸し出す情感と、たっぷりと波打つ着物の華やかで洗練されたデザインが魅力的な作品です。


 松園や清方らの活躍で、大正、昭和の美人画は画壇において高く評価されるようになりました。彼らに続いて多くの日本画家たちが美人画を描きましたが、戦後の美人画を担った画家といえば、清方の門下生・伊東深水です。


【オークション終了につき、図版は削除いたしました】


Lot.93 伊東深水《静座》
55.0×46.0cm
紙本・彩色 額装
右横に落款・印
共シール
東京美術倶楽部鑑定委員会鑑定証書付
エスティメイト \3,000,000.~4,000,000.


 伊東深水(1989-1972)は東京の深川生まれ。13歳で鏑木清方に師事。16歳の若さで院展、翌年には文展に入選するなど早くから頭角を現し、以降、日本画壇の中核を担い続けました。女性像に自らの理想を追求しながら、時代の風俗や流行をも描き込み、モダンで品格ある作風を展開。浮世絵の伝統を今日に受け継いだ、「最後の浮世絵系美人画家」と称される画家です。

 戦後の深水が得意とした、洋髪和装のモダンな女性像です。落款・印から、昭和30年代以後の作でしょうか。この時期の深水は、色彩や線描、構図などにおいて、余分な要素を削ぎ落とすような作風へと向かっていきましたが、本作品においても無駄のないすっきりとした構成が見て取れます。ここでは、《静座》という画題の通り、女性が心を落ち着けて静かに座っている様子が描かれています。気品の漂うその姿には、深水が追求したいつの時代も変わらない日本女性の美しさの本質とともに、当時の若い女性らしい凛とした雰囲気が描き出されています。

ぜひ会場で三作家三様の美しさをご堪能ください。
みなさまのご来場を心よりお待ちしています。


下見会スケジュールはこちら


(執筆:S)

続きを読む