樋口佳絵のテンペラ


 本日は、前回ご紹介致しました写真家、須田一政の作品に続き、今週末のコンテンポラリーアートオークションに出品される、樋口佳絵の作品をご紹介したいと思います。


 1975年生まれの樋口佳絵は、油彩にテンペラという手法を加えながら、独自のアート世界を築いてきた若手の作家です。

 テンペラとは、混ぜ合わせるという意味のラテン語「Temperare」を語源としている絵画技法のひとつです。材料としては、鶏卵の黄身や膠(にかわ)、蜂蜜などを乳化剤に使い、粉状態の色付きの顔料と混ぜて作った絵具を使います。
 15世紀のヨーロッパの画家たちは、自ら色付きの鉱物を探し、それを粉にして作った顔料に乳化剤を混ぜて絵を描いたそうで、乳化剤には、現在と同様に手に入れやすかった鶏卵が主に使われたそうです。

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Lot 59
樋口佳絵 《正午》
パネル、油彩・テンペラ 裏にサイン・年代
31.8×40.9cm
エスティメイト:¥150,000 – 300,000


 テンペラの支持体になるのは、普通、板の上に純白の石膏を綺麗に塗りつけ、それを乾かしたものです。その乾いた地の上に絵を描くのですが、それは、最初の支持体から一つ一つ手作業で作り上げるという、作家にとってキャンバスでの制作とはまた異なる愛着が生まれる作業に違いありません。
 ヨーロッパでは昔から使われてきたこのテンペラという技法は、耐久性にすぐれ、時間が経っても色が変わりにくいので、何世紀も持つと言われます。現代になってからのテンペラは、テンペラに油彩の長所を加えて、一緒に使うのが普通になりました。

 このような古典的なテンペラ技法をコンテンポラリーアートに用いるアーティスト・樋口佳絵は、1997年東北生活文化大学生活美術学科を卒業し、2005年には宮城県芸術選奨新人賞受賞、2007年の「VOCA展2007」大原美術館賞受賞など、仙台を拠点に精力的な活動を見せながら、その実力を認められてきた作家です。

 当社のコンテンポラリーアートオークションにも、彼女の作品はよく出品され、日本はもちろん海外からもその問い合わせが増えつつあります。

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Lot58
樋口佳絵 《発声練習》
パネル、油彩・テンペラ 裏にサイン・年代
88×75cm
エスティメイト:¥400,000 – 600,000

 ご覧の通り、樋口の作品には子供たちの純真無垢で可愛い姿が主なモチーフとして現れます。彼女は子供たちがふとした時に見せる心の隙間を掬い取り、静かに優しく描き出します。そして、テンペラ下地の石膏の奥に染み込んだ絵具は、深くあたたかな色に熟成され、永遠に続き、広がっていきそうな不思議な空間を生み出しています。彼女の作品を前にしていると、子供たちの素直な顔、時に悲しげなその表情から、心の奥までシンと届くような言葉にはしがたい穏やかな気持ちに包まれます。


 本作品は、今週の土曜日の12:00まで、シンワアートミュージアムでお客様をお待ちしております。
 是非お見逃しなく!

(執筆者:W)