浜口陽三のメゾチント、長谷川潔のマニエール・ノワール


こんにちは。
先週の近代美術PartⅡ下見会にお越しいただいた皆様、ありがとうございました。

さて、今週の22日(土)は近代美術/近代美術PartⅡオークションを開催いたします。
今回は浜口陽三と長谷川潔の銅版画がたくさん出品されますので、「メゾチントの巨匠」と呼ばれる二人の作品をご紹介いたします。    

浜口と長谷川が追求した「メゾチント」とは…
17世紀にオランダで発明され、フランスやイギリスで盛んになった銅版画の技法の一つで、銅版の全面に無数の点刻線を刻み、その金属のささくれを削ることで描画するものです。この削りの深さを調節することによって、刷った際に黒から白への諧調を表わすことができます。19世紀の写真製版の登場や石版画の発明により、ヨーロッパでは忘れ去られていましたが、渡仏した浜口と長谷川はそれぞれこの技法を発見し、追求していきました。また、フランス語では、「マニエール・ノワール」といい、長谷川はこちらの呼び方を使用しました。

浜口陽三(1909-2000は、1927年に東京美術学校(現・東京藝術大学)彫刻科に入学。しかし、中退して1930年にフランスに渡り、独学で油彩画や銅版画を試みました。戦争の始まりとともに一時帰国し、1950年には本格的に銅版画制作に着手。1953年に再び渡仏すると、メゾチントに色彩を導入し、最大で五色を表現する「カラーメゾチント」を生み出しました。1957年、第4回サンパウロ・ビエンナーレで版画大賞を受賞した後には、日本を代表する版画家として国際的に活躍を続けました。

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Lot.77  浜口陽三191つのさくらんぼ》
紙面:46.7×65.7cm   図版:23.8×54.0cm
紙・メゾチント 額装
1965年作
左下余白にEd.11/50、右下余白にサイン
『浜口陽三全版画作品集』(2000/中央公論美術出版)№108
落札予想価格 ¥800,000~¥1,200,000

浜口は、果物や昆虫などの小さなもの、身近にあるものを好み、題材としました。
その中でもさくらんぼは、繰り返し描かれた浜口作品を代表するモティーフです。
画面ではわかりづらいのですが、背景は黒一色ではなく、光や奥行きを感じさせる格子状の空間となっています。その中に配置されたさくらんぼは、一つ一つが舞台の上で個体としての存在感を主張しているようであり、それらが一列に並ぶ様子は豊かなリズムを感じさせます。

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Lot.79  浜口陽三《パリの屋根》
紙面:37.8×28.0cm  図版:18.8×19.1cm
紙・メゾチント 額装
1956/1957
年作
左下余白にEd.epreuve、中央下余白に年代、右下余白にサイン
『浜口陽三全版画作品集』(2000/中央公論美術出版)№50
落札予想価格 ¥3,000,000~¥4,000,000

《パリの屋根》は、カラーメゾチントを見出して間もない1956年に制作された浜口の代表作の一つ。本作は翌年(当時48歳)に刷られたepreuve(d’artiste)(作家保存分)の一点です。当時、浜口が暮らしていたモンマルトルの家は、台所の窓からパリの風景を一望することができたそうです。浜口はその眺めを題材とし、「屋根の上にポコポコ出ている煙突がかわいらしくて、制作してみたのです。」(『芸術新潮』第36巻第6号 新潮社 1985年)と本作について語っています。
家並みには透明感のある青に黄色と赤がわずかに重ねられ、あたかも画面中央部に光が差し込んでいるかのように見えます。また、黒の部分にはクロスする繊細な直線が表わされ、その微妙なグラデーションが画面に織物のような複雑な表情をもたらしています。浜口の異邦人としての眼差しが詩的に表現された作品です。


長谷川潔(1891-1980)は、1912年に本郷洋画研究所に入り、岡田三郎助と藤島武二に油彩画を学びました。翌年から板目木版画や銅版画の制作を独学で開始。1918年フランスに渡り、以後一度も帰国することなくパリを中心に制作活動を行いました。1924年頃から、フランスで忘れ去られていたマニエール・ノワール(メゾチント)を蘇らせ、東洋の水墨画にも通じる、黒と白の静謐で抒情豊かな画世界を展開しました。

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 Lot.81 長谷川潔
 
《狐と葡萄(ラ・フォンテーヌ寓話)》
 紙面:51.7×38.0cm
   
図版:36.0×26.8cm
     
紙・マニエール・ノワール 額装
  1963年作
 左下余白にEd.47/70・タイトル・年代、
 右下余白にサイン
 『長谷川潔の全版画』
     (1999/玲風書房)№327
 落札予想価格  2,500,0003,500,000

 

 

 

本作は、17世紀のフランスの詩人、ラ・フォンテーヌの寓話の一挿話「狐と葡萄」から想を得て制作されました。「狐と葡萄」は、葡萄棚にぶら下がったよく熟れた葡萄を取るため、狐があらゆる手段を講じる話。結局、狐は葡萄を取ることができず、「あの葡萄は酸っぱいから」と諦めます。
本作では狐のおもちゃが描かれていますが、深みのある黒の空間の中から、モティーフが光を湛えて浮かび上がるようで、洗練された画面構成と相まって神秘性すら感じさせます。

浜口陽三のカラーメゾチントと長谷川潔のマニエール・ノワール、いずれの作品も黒を基調としていますが、パソコンの画面では表現しきれない、実に豊かなニュアンスに富んでいます。
ぜひ下見会場で実物をご覧ください。

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皆様のご来場を心よりお待ちしています。

(佐藤)