旅する詩人画家・池田遙邨の風景画―《芒原》


こんにちは。
GWは終わってしまいましたが、お出かけしたくなるような気持ちのいい季節になりましたね。
このまま梅雨がこなければいいのに、と思ってしまいます。

さて、今月21日(土)は近代美術/近代美術PartⅡオークションを開催いたします。
今回も出品作品の中からおすすめの作品を1点ご紹介いたします。


【オークション終了につき、画像は削除させていただきました】

101 池田遙邨 (1895-1988)

《芒原》
80.4×116.8cm
紙本・彩色 額装
昭和58年(1983)作
左下に落款・印
共シール
落札予想価格 
¥13,000,000~20,000,000

【展覧会歴】

「池田遙邨展」1984年(日本橋・髙島屋)

「池田遙邨展」1986年(渋谷・東急百貨店/日本経済新聞社)
「美の旅人 池田遙邨遺作展」1989年(京都国立近代美術館/毎日新聞社)
「旅情を描く日本画の巨匠 池田遙邨展」1992年(佐野美術館/静岡新聞社)
「美の旅人 池田遙邨回顧展」1992年(日本橋・髙島屋/毎日新聞社)

【文献】
『池田遙邨画集』(1984年/京都書院)№171
『池田遙邨画集 山頭火行く』(1991年/毎日新聞社)№38
『池田遙邨資料集』(1994年/倉敷市立美術館)P.185

皆様は池田遙邨をご存じでしょうか。
遙邨は大正時代に生まれ、92歳で逝去するまで、京都画壇で活躍した日本画家です。
生涯旅を愛して俳諧に親しみ、その体験をもとに様々に作風を変えながら洒脱な風景画を描き続けました。
当社のオークションには、いつも大和絵風の作品や南画風の作品が出品されますが、そちらを見慣れている方は、もしかしたら同じ作家の作品とお気づきにならないもしれませんね。
この《芒原》(すすきはら)は、遙邨の画業において最も評価の高い晩年期の作品です。

明治28年、岡山県に生まれた遙邨ははじめ洋画の道へ進みましたが、小野竹喬との出会いを機に日本画へ転向し、竹内栖鳳に入門します。京都市立絵画専門学校ではムンクやゴヤに傾倒し、昭和期に入ると清新な大和絵や富田溪仙に私淑した南画の画法による風景画を描き、帝展で高く評価されました。
戦後、いよいよその独自性を開花させ、幻想的で夢想的な心象風景を展開。そして、晩年には集大成にして代表作となった、俳人・種田山頭火の句境を絵画化した「山頭火」シリーズへと到達します。

本作品は「山頭火」に着手する前年の昭和58年(当時88歳)に制作された、50号の大作です。
一面に広がる白銀色の芒原から一匹の狐がひょっこりと顔を出す情景がユーモラスに表わされています。
旅先で出会った風景の中に小動物を配置するこのような作品は、昭和30年代から没年の「山頭火」まで描き続けられました。特に、狐と芒の題材は、第15回日展出品作《芒原》(昭和58年)や、最晩年の作品《すすきのひかりさえぎるものなし 山頭火》などにおいて繰り返し描かれていることから、遙邨自身がとても気に入っていたであろうこと、そして本作の時点ですでに山頭火の句の世界観が創りが創り上げられていたことがわかります。      
                              
さらに、本作では陽光を受けてきらきらと輝き、風に大きく揺れる芒の穂が、色面と描線による平面的な描写と画面全体に吹き付けた金彩によって表現されています。また、具体的な形が省略された遠景はまるで抽象絵画のようで、作品の幻想性と物語性をいっそう高めています。
老境の画家は、自然に遊ぶ小さな狐を微笑ましく見つめ、その元気で自由な姿に自分自身を仮託したのでしょうか。それゆえ、作品には年齢を感じさせないみずみずしい童心と豊かな詩情が漂っています。

こちらの作品は18日からの下見会にてご覧いただけます。
下見会・オークションスケジュールはこちら

皆様のご来場を心よりお待ちしております。

(佐藤)