岸田劉生の鵠沼時代―《鵠沼風景》と《村娘之図》


こんにちは。
今週の29日(土)は、2022年1回目のオークションとなります、近代美術/近代美術PartⅡ/コンテンポラリーアートオークションを開催いたします。
新年のご挨拶が遅くなりましたが、本年もどうぞよろしくお願いいたします。

さて、今回も近代美術オークションの出品作品の中から、おすすめの作品をご紹介いたします。
日本の近代洋画を代表する異才・岸田劉生が最も充実した画業を展開した、鵠沼(くげぬま)時代に制作された2つの作品です。

岸田劉生(1891-1929)は38年という短い生涯に、その強烈な自我と個性で、重要文化財として名高い《道路と土手と塀(切通之写生)》(1915年作・東京国立近代美術館蔵)や《麗子微笑》(1921年作・東京国立博物館蔵)といった名作の数々を生み出した画家です。
1916年に肺結核を患った劉生は、その翌年、療養のために温暖な神奈川県鵠沼海岸(現・藤沢市)に転居します。この地で次第に健康を取り戻し、「麗子像」と「村娘図」の連作のほか、風景画や静物画、日本画の制作にも取り組み、関東大震災で自宅が被災する1923年9月までのおよそ6年7ヶ月(25歳から32歳まで)、旺盛な制作活動を行いました。

まず1点目はこちらの風景画です。



254 《鵠沼風景》
23.4×32.8cm
(額装サイズ43.8×53.0cm)
板にキャンバス・油彩 
1919(大正8)年
右上にサイン・年代
裏に木村荘八の署名・印
劉生の会登録証書付



『郡山市立美術館 研究紀要第3号 岸信夫作成「岸田劉生の作品に関する私ノート」1915-1929』

(2003年/郡山市立美術館)№62、図32

落札予想価格 ★¥12,000,000~¥18,000,000


1919年6月に制作された本作では、初夏の長閑な鵠沼の情景が伸びやかで素朴な作風によって表現されています。広い空と明るい陽光の下、道の両脇や後景に鬱蒼と生い茂る草木は、そのフォルムが省略され、野性味が際立たされています。また、画面前景から奥へと続く道は、画業を通して多くの風景画に描かれたモティーフであり、芸術家としての「自分の行く道」を示すものとも考えられます。その途上に描き込まれた点景人物、着物を着た小さな子どもは愛娘の麗子でしょうか。神秘的な「麗子像」の連作とは異なり、本作では愛するもののいる穏やかな世界を描くことと、それに相応しい朴訥とした表現を楽しむような劉生の作画姿勢をうかがわせます。


2点目は鵠沼時代の代名詞の一つ、「村娘図」シリーズの作品です。

 
 255 《村娘之図》
 43.3×32.5cm(額装サイズ61.2×50.4cm)
 紙・コンテ、水彩 額装
 1920年作
 左上にサイン・年代・タイトル
 劉生の会登録証書付

 落札予想価格
 ¥12,000,000~¥22,000,000

 
「村娘図」のモデルとなったのは、お松という名の近所に住む漁師の娘です。お松の母が岸田家の台所の手伝いをしていたことから、年齢の近い麗子と遊ぶようになり、その田舎風の素朴な姿を劉生が気に入って、描かれるようになったといいます。

本作は、画面左上の年記より1920年10月22日の作とわかりますが、劉生の
この日の日記に「午後からお松が来たので素描一枚かく。」と記された作品でしょうか。赤い花の髪飾りと羽織を身に付け、きちんと手を組んで座るお松の様子が、コンテを使用し、陰影と立体感を強調した筆致によって描かれています。さらに、真っ直ぐ前を見つめる無垢な瞳、血色の良いふっくらとした頬や手が水彩によって愛らしく生き生きと表現されてもいます。
なお、この「村娘図」の連作は、本作のように主に水彩と素描の技法によって描かれました。劉生は水彩の「新鮮(フレッシュ)な自由な大胆な強い味」*1)と、油彩ほどの時間をかけず、対象の「美をいきなりつかむ」*2)ことができる特性を好んだといいます。本作においても、お松から感じ取った「顔や眼や眉の変(ママ)に宿る不思議な澄んだ永遠な美、生きた力」*3)を直ちに捉え、実にみずみずしく描き出したと言えるでしょう。

                          
                          サイン・年代  →
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鵠沼時代の2つの作品、ぜひ下見会場で実物をご覧ください。
また、今回は同日に「イセコレクション特別オークション」を開催いたします。
ローランサンやデュフィ、ビュッフェなど、フランスの近代美術の作品が出品されますので、こちらもお楽しみに。

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(※オークション当日は下見会を開催いたしませんので、ご注意ください)

なお、ご入札は、ご来場のほか、書面入札、オンライン入札、電話入札、ライブビッディングなどの方法でも承っておりますので、お気軽にご参加ください。
新型コロナウイルスの感染予防対策をしっかりと行い、皆様のご参加をお待ちしております。

(佐藤)


引用文献
*1)「水彩素画個人展覧会に就て其他雑言」『白樺』第11年3号 1920年
*2)前掲註1
*3)岸田劉生『色刷会報』第1輯6 1918年