「毘沙門堂」―真っ赤な紅葉と共にテレビCMでご覧になった方も多いのではないでしょうか?毎年この季節に流れるCMを観ては、京都に行かれる方も多いのではないかと思います。
京都山科区にある天台宗寺院の毘沙門堂門跡は、春には枝垂れ桜の、秋には紅葉の絶景を観ることができます。その地に赤茶碗を献上した人物が今から400年ほど前にいました。
書道、漆芸、陶芸と多彩な才能を持った芸術家、本阿弥光悦(1558-1637)です。光悦は刀剣の鑑定家の家に生まれ、俵屋宗達らとともに、「琳派」という日本文化の大きな流れを生み出しました。その光悦が晩年、樂家二代常慶や三代道入(のんこう)から土や釉薬を分けてもらい取り組んだのが茶碗製作でした。中でも光悦の名作を「光悦七種」(不二山・障子・雪片・七里・雪峰・鉄壁・毘沙門堂)、「光悦十種」(黒光悦・加賀光悦・喰違・鉄壁・有明・障子・雪片・不二山・ヘゲメ・毘沙門堂)と呼び、近年の作家達もその写しを製作しています。
中でも代表格なのが、九代大樋長左衛門です。伝えられている「光悦七種」の種類とは異なりますが、「光悦うつし」として茶碗を発表しています。
黒茶碗:鉄壁・時雨
赤茶碗:毘沙門堂・加賀光悦・雪片(筒)
飴茶碗:紙屋
掛分け茶碗:不二山
これらは別々で発表されることも多いですが、今週末のオークションでは「光悦うつし七種茶碗」として出品されます。何度か出品されてきた七種茶碗ですが、今回の作品はとりわけ美しく、どの茶碗からも多様な景色がうかがえます。
「毘沙門堂」の本家は、淡い赤に青白い鼡釉が掛かっていますが、九代大樋が作った「毘沙門堂」は正に寺院の後ろに見える真っ赤な紅葉と、たなびく白い雲を表しているかのようで、そのコントラストが茶碗によく映えています。
大樋の光悦うつしは、どれも力強い出来栄えです。寒空を感じさせる「時雨」や、雪がちらつき舞っている「雪片」、富士山が雪に覆われ裾野まで続く荒々しい地肌の様子を表現した「不二山」。茶の見立てを存分に味わいながら、お手に取りご鑑賞ください。
【秋の紅葉を表現したかのような毘沙門堂の紅】
本阿弥光悦 九代大樋長左衛門
「毘沙門堂」 「毘沙門堂」
LOT.94 九代大樋長左衛門
「光悦うつし七種茶碗」
落札予想価格:160万~230万
また今回は楠部彌弌の彩埏の花瓶が出品されています。「埏(えん)」とはよく練った土。「彩埏(さいえん)」とはつまり、彩られた土のこと。「いろづちの美」とも後に称されたこの様式は楠部彌弌が独特に編み出した手法です。素地自体に色を付け、何回か塗り重ねて立体的にし、釉薬の色見だけでは表現しきれない奥行きの深さを追及しました。
楠部彌弌は明治30(1897)年京都に生まれました。大正9(1920)年に同志らと共に「赤土社」を立ち上げ、そこから陶芸家としての道が始まります。彌弌は中国陶器や仁清、韓国陶器等の古典研究を行い、自己の基盤となる技術(青磁、均窯、染付など)を身に付けました。そうした中で「彩埏」という技法を見出し作陶を続けますが、「彩埏」が確固たるものになるのは70歳を過ぎてからと言えます。淡い色彩と、キレのある立体感。楠部芸術の結晶と呼ばれるまでになりました。昭和52(1977)年に80歳を迎え、パリ装飾美術館で展覧会を開催、好評を博し翌年文化勲章を受章。昭和59(1984)年に87歳で亡くなりました。
今回出品されます「彩埏飛翔花瓶」は、円熟期を迎える70歳を過ぎてからの作品です。
鶴が二羽、まっすぐに前を向き飛んでいる図柄です。とてもシンプルですが、そこには鶴の形を最小限にデザイン化した美しさがあります。二羽の鶴を交互に見れば、優雅に飛んでいく様子をコマ送りにしているかのように見えてきます。周りにあしらわれている金彩によって空気の流れが感じられ、きらめく雪原の上を飛んでいるかのようです。
静の焼き物の中に表現されている動の世界。楠部芸術・彩埏の技をぜひご覧ください。
【雪原を優雅に飛んでいるかのような二羽の鶴】
LOT.81.楠部彌弌「彩埏飛翔花瓶」
落札予想価格:140万円~180万円
【執筆:E】