ローマを魅了した名作―鏑木清方《道成寺 鷺娘》


こんにちは。
久しぶりの更新となってしまいました。
気付けばあちらこちらの街路樹が紅葉していて、通勤中にも秋の深まりが感じられます。
今月は、12日(土)に「近代美術/コンテンポラリーアート/近代美術PartⅡ/マンガ/中川一政コレクション」を開催いたします。
今回の会場は通常とは異なり、東京駅前の“丸ビルホール”となります。
(下見会はいつも通り銀座の当社ギャラリーです。) 
ご存じない方もおられるかもしれませんが、丸ビルホールでのオークション開催は、なんと約10年ぶりとなります。各ジャンルとも名品・注目作揃いとなっておりますので、ぜひ下見会にもオークションにも足をお運びください。

さて、今回も出品作品の中からおすすめの1点をご紹介いたします。
オークション会社に勤めておりますと、ごくまれに作家の代表作に出会えることがありますが、この作品はまさにそれです。
個人的な意見ですが、今後もこの作家においては、この作品を超える名品を取り扱うことはきっとないだろうと思います。取り扱う機会をいただけたことを感謝しておりますし、大変光栄に思います。

321   鏑木 清方(1878-1972)
《道成寺  鷺娘》
各183.0×74.6cm(軸装246.5×99.5cm)
各絹本・彩色 各軸装
1929(昭和4)年作
各落款・印
各共箱
大谷コレクション
東美鑑定評価機構鑑定委員会鑑定証書付

落札予想価格 ¥20,000,000~¥40,000,000

掲載文献 『鏑木清方画集』(1998年/ビジョン企画出版社)№172 ほか多数
展覧会歴 「羅馬開催日本美術展覧会」1930年(Palazzo della Esposizioni/イタリア政府)出品
     「没後50年 鏑木清方展」2022年(東京国立近代美術館/東京国立近代美術館・毎日新聞
      社)出品 ほか多数


近代日本画を代表する美人画の名手として、上村松園とともに「西の松園、東の清方」と称された鏑木清方(かぶらききよかた)。近年は、市井の人々の暮らしの情景をあたたかな眼差しで描いた画家としても高く評価されています。

1878(明治11)年、清方は戯作者で新聞人であった條野採菊の子として、東京の下町に生まれました。父の勧めで挿絵画家を目指し、13歳の時に浮世絵歌川派の流れを汲む水野年方に入門。挿絵画家として人気を博す一方で日本画の研鑽を積み、1909年の第3回文展で初入選するなど、日本画壇においても頭角を現します。この頃改めて浮世絵を独学し、江戸風俗を題材とした美人画や明治の庶民生活に取材した風俗画の制作に専念していきました。
1923(大正12)年の関東大震災によって江戸の風情を残す明治の風景が失われると、清方は古き良き東京の姿を描き留めようという意識をいっそう強め、1927(昭和2)年に《築地明石町》、1930年には《三遊亭円朝像》(重要文化財)といった名作を次々に発表。さらに、日本を代表する画家の一人として、1930年のローマ開催日本美術展覧会に《道成寺 鷺娘》ほか2点を出品します。戦後は鎌倉に移住して大規模な展覧会への出品を止め、自由で心穏やかな制作姿勢へと移行していきました。また、「卓上芸術」を提唱し、卓上で鑑賞する画帖や絵巻物など、市井の人々が暮らしの中で楽しむことができる作品を描き続けたことでも知られています。

本作は、先にも述べたローマ開催日本美術展覧会(以下、ローマ展)のために制作された双幅の大作で、清方の代表作の一つとしてよく知られています。ローマ展は、1930(昭和5)年4月から6月にかけて、ローマにある大規模な国立の展覧会場、パラッツォ・デッレ・エスポジツィオーニで開催された展覧会で、発案者である大倉財閥の総帥・大倉喜七郎の支援の下、イタリア政府が主催し、当時の日本を代表する画家たち総勢80名が約200点の作品を出品するという、大規模な国家プロジェクトとなりました。展覧会場に床の間を設置したことも話題となり、世界各地から来場者が訪れ、大成功を収めたといいます。

画題の「道成寺」と「鷺娘」は、清方が最も魅了され、画業を通して繰り返し描いた歌舞伎の演目。3歳の頃から家族とともに歌舞伎座や新富座に通ったという清方は、生涯にわたって芝居を好み、雑誌『歌舞伎』の挿絵を手掛け、新聞に劇評を書くなど、歌舞伎に大変造詣が深かったといいます。「道成寺」は、本外題を『京鹿子娘道成寺』といい、和歌山県の道成寺ゆかりの安珍・清姫伝説に基づき、美しい白拍子が恋心を様々な踊りで綴るというもの。『鷺娘』は、白鷺の精が若い娘に化身し、恋に思い悩む姿を幻想的に描くという内容です。ともに役者が衣裳を早替りし、異なる役柄を連続して踊り分ける「変化物」と呼ばれる歌舞伎舞踊の一種であり、ドラマティックなストーリーと女形の凄艶な舞踊が見どころです。

本作の右幅《道成寺》は、白拍子が道成寺を訪れ、女人禁制の鐘供養を拝観するため、その許可が下りるのを待つ場面を題材としています。ここでは、赤地に枝垂れ桜模様の豪華な振袖に身を包んだ白拍子の全身像が華麗な色彩で表されており、組み合わせた帯は、実際の衣裳とは異なる黒地に龍模様となっています。これは演目の大詰で、白拍子が蛇に姿を変えることを示唆しているのでしょうか。
そして、左幅の《鷺娘》では、綿帽子に白無垢姿の娘が鳥の羽のように袖を振り、積もった雪を傘で突く場面が題材となっています。娘の妖しく美しい姿態、白無垢の質感や量感を表す流麗でふくよかな線描が圧巻です。また、左右ともに背景は舞台装置ではなく実景らしき風景が描かれており、満開の桜の下、山吹が咲き小川が流れる春の野山が、そして、降りしきる雪の中、雪化粧した柳と椿が、線描ではなく色面によって捉えられています。双幅に陽と陰、赤と白、春と冬の対比が巧みに表現されており、さらに、気品と情念という女性の持つ二つの気質が表されているようにも見て取れます。清方は自身の作風について「主情派とでも呼んでくれたらいいだらう」註)と語っていますが、歌舞伎を題材とした作品では、登場人物の心の機微を抒情的に描き出すことをテーマとしており、本作においても春と冬、それぞれの季節の風情とともに恋に焦がれる女性の姿、その想いが情感豊かに表現されています。ローマ展に出品する作品を制作するにあたり、清方はこうして自身の愛する歌舞伎とそこに描かれた江戸の風俗を表すことを通して、古き良き日本の文化を世界に知らしめたいと望んだのでしょう。

註)鏑木清方著・山田肇編「そぞろごと」『鏑木清方文集一 制作餘談』白凰社 1979年

美術館では展示ケース越しにしか鑑賞することができませんが、当社の下見会では本作の見事な線と鮮やかな色彩を間近でご覧いただけます。
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なお、ご入札は、ご来場のほか、書面入札、オンライン入札、電話入札、ライブビッディングなどの方法でも承っておりますので、お気軽にご参加ください。
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(佐藤)