2007年2月に開催された第1回オークションから1年。5月31日に、第2回コインオークションが開催されることとなりました。
今回のシンワアートジャーナルでは、セールの目玉の一つである近代金貨(明治期以降に発行された金貨)発行の経緯をご紹介いたします。

明治政府設立から3年。政府は、江戸時代までに発行された多種の貨幣による通貨制度の複雑さを解消するため、「新貨条例」を公布し、新しい貨幣の鋳造に乗り出しました。「新貨条例」による、日本の近代貨幣制度とはどのようなものだったのでしょうか。
1.金貨の概要. 両から円へ
まず、通貨単位が江戸時代の「両」から「円」へ変更になりました。
その際、通貨価値は 1円=1両=1ドル であると規定されました。
この「円」という単位の語源については現在の所、はっきりとはしないのですが、
(1)新貨のかたちが円形に統一されたため
(2)洋銀(外国製の銀貨)の中国別称である「洋円」を継承したため
(3)香港銀貨と同品位、同重量の銀貨を製造することにした関係から、香港銀貨の「壱圓」(洋円1個の意味)にちなむなど、諸説あります。
いずれにしても「円」が東南アジア貿易の決済に利用されていた銀貨の呼称であったことを考えると、「円」という呼称には、日本の貨幣が国際通貨として通用するように、又、真に国際社会で通用する国になるようにという、日本政府の願いが込められていたのかもしれません。 |
|
2.通貨単位は「円」、「銭」、「厘」
基本となる単位「円」のほか、その100分の1が「銭」、銭の10分の1が「厘」と定められました。これは、アメリカのセント、ミルにちなんだ命名です。
ところで、基本単位である「1円」とは、現代でいうところの幾らに相当するのでしょうか。それを正確に測ることは難しいですが、代表的な物価や、公務員の初任給などでその大まかなところを知ることができます。
| |
国家公務員の初任給(月額)
明治27年 50円
平成19年 20万円
(一種行政職の場合)
白米(東京における10キログラム)
明治5年 36銭
平成16年 約3,500円
銀座の地価(一坪あたり)
明治5年 5円
平成19年 約8,200万円 |
上記の例から考えると、当時の1円というのは随分と高額であったことがうかがえます。今ではもう存在しない銭や厘といった単位の通貨の方が、むしろ日常生活に密着していたのではないでしょうか。 |
|
3. 金本位制
| |
<金本位制>
貨幣制度の中心となる本位貨幣の単位が、一定量の金と等価交換の関係にあるように法的に定められた制度
<純粋な金本位制>
ある国の貨幣制度の基礎となる貨幣(本位貨幣)を金貨とする事
<金地金本位制>
中央銀行が金地金との交換を保証された紙幣(これを兌換紙幣という)とその補助貨幣を流通させる事により、貨幣価値を金に裏付けさせる事
|
政府は当初、日本の主要な貿易相手国であったアジア諸国の大半が銀本位制を採用していたことから、新しい通貨体制を銀本位制とすることを予定していました。
しかし、金融制度調査のため渡米していた伊藤博文が、それに待ったをかけました。伊藤は、イギリスが1816年に金本位制を採用して以来、先進各国が次々と追従する姿を見て、「日本も歩調を合わせるべきだ」と主張したのです。
様々な政治的思惑が交錯したものと思われますが、結果として、明治政府は「金本位制」を採用することとなりました。
因みに、このときの明治政府が採用したのは所謂、純粋な金本位制です。
|
|
1.金貨の概要
このような経緯を経て、明治政府最初の金貨は発行されることとなりました。
「新貨条例」の下、純金1.5グラムが1円と定められ、
20円(旧20円)、10円(旧10円)、5円(旧5円)、2円(旧2円)、1円(旧1円)
という、計5種類の金貨が発行されました。
因みに、日本政府は上述の純粋な金本位制を採用していましたから、例えば20円金貨には30グラムの金が含まれていたということになります。ただし、純粋な金のみで貨幣を作ると摩耗しやすく、無理があったため、金900 / 銅100という品位が採用されました。
また、現在これらの金貨の呼称に「旧」とつくのは、明治30年に「貨幣法」が制定され金貨が一新され、より本格的な金本位制へ移行したためです。
そしてこの旧金貨は、明治30年以降に発行された新金貨鋳造のために鋳潰されたものも多く、ものによっては非常に現存数が少ないため、コレクター垂涎の的になっています。
2.金貨のデザインと加納夏雄
金貨の図柄はどれも共通で、表面には、西洋貨幣で元首の肖像を図柄に用いる事例が多かったことを踏まえたのか、中国で天子を象徴する竜が採用されました。そして背面には、旭日を囲んで上下に菊章と桐章、左右には錦旗が配されました。
このデザインと彫金を担当したのが、優れた彫金師であり、後に東京美術学校の教授にもなった加納夏雄とその弟子です。彼の技術は、当時の世界水準と照らし合わせても卓抜しており、当初技術指導をする予定だったイギリス人が「私が教えるべきことは一つもない」と舌を巻いたほどだったそうです。
今回出品される旧金貨は、非常に貴重な品も多数含まれます。この機会に是非、金貨に宿る日本の匠の技をご覧になってみてはいかがでしょうか。