江戸時代を代表する庶民の娯楽、浮世絵。19世紀半ばにヨーロッパにもたらされ、モネやゴッホなど印象派の画家たちにも大きな影響を与えました。現代においても、日本の伝統的な美術として国際的に高い評価を得ています。
12月1日(土)開催の浮世絵オークションでは、喜多川歌麿や歌川広重の浮世絵が出品されます。浮世絵を通して、江戸の生活文化に触れてみませんか?

「浮世」とは本来、「憂世」と表記されるのが一般的でした。これは、浄土での成仏が願われる来世に対して、この世は辛く苦しい憂き世とみなされたからでした。その後現実の楽しみを謳歌する近世庶民の人生観の出現により、つかの間の仮の世だからこそ楽しく暮らそうという考え方が広がり、「浮世」と書き改められるようになります。そしてその「浮世」を描き、庶民の生活や娯楽、流行など江戸時代の風俗を描いた絵画が浮世絵と呼ばれるようになりました。
江戸時代以前は絵画といえば肉筆画で、高価で貴重な芸術品でした。しかし版画技術の発達に伴い、戯作や絵本などの出版業者である地本問屋(じほんどいや)を版元として浮世絵版画が制作されるようになります。これは版元が絵を発注し、絵を描く絵師、絵を彫る彫師、絵を摺る摺師の共同作業によるものであり、版元の意向が強く反映された商品として生産されたものでした。つまり浮世絵とは現代でいう新聞、テレビ、雑誌、広告、絵本といったメディアであり、庶民の暮らしに彩りを与える娯楽の一つだったのです。

喜多川歌麿は、著名なプロデューサーである版元、蔦屋(つたや)重三郎の援助を受け、その才能を発揮します。そして、それまで全身像であった美人画において、女性の胸元をクローズアップして描く「大首絵」の様式を創始し、一世を風靡しました。また、従来の美人画では、女性の姿態や衣裳の美しさに重点が置かれていましたが、歌麿はこれらに加えて、女性のしぐさや表情の描写を工夫し、女性自身の美しさ、その内面に潜む心理や置かれた情況を表現することを追求しました。美人画のモデルは遊女や花魁、茶屋の娘などでしたが、その絵が売り出されるとモデルたちの名前はたちまち江戸中に広まり、評判を集めたといいます。

日本の四季の風土とそこに住む人々の織り成す詩情を表現した風景画により、叙情的風景画の様式を作り上げた歌川広重。その名は江戸の風景を描いた連作《東都名所》を経て、保永堂から出版された《東海道五拾三次》が爆発的な人気を博し、広く知れ渡ることとなります。《東海道五拾三次》の中には描かれた服や傘などに版元の名前が入れられているものもあり、この時期すでに広告としての機能が存在していたことが窺われます。また長い期間に繰り返し摺られたことで、制作当初の「初摺り」と、後に摺られた「後摺り」においては、色やぼかしなどの微妙な変化が見られます。さらに、「異版」という同じ主題の作品でありながら描かれている人物の数が増えている、山が消えている、描写が異なるなど、明らかに大きく変化した作品もあり、それらの違いを楽しむこともできます。
一方広重は、版画だけでなく肉筆画にも秀作を残しました。今回のオークションでは、広重の肉筆画が出品されています。版画は輪郭線が主体であり、基本的には均一で硬い描線になりますが、肉筆画においては筆のかすれや微妙な色彩の濃淡などが生かされており、より一層情趣漂う画面が展開されています。肉筆画は個人の注文を受けて制作したものと思われ、1点しかない貴重なものといえます。