南フランスの由緒ある伯爵家に生まれたアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレックは、貴族でありながらモンマルトルの歓楽街に住み、『ムーラン・ルージュのラ・グリュー』をはじめとする、風刺と装飾性に富んだ作品を生み出した画家です。とりわけ、それまで単なる広告にすぎなかったポスターの価値を芸術の域まで高めたことは、彼の輝かしい功績と言えます。また今日では、油彩画における先進性も高く評価されています。

類まれなる才能に恵まれたにもかかわらず、生涯、王道を歩むことなく36歳で夭折した画家の横顔に迫ります。


ロートレックの生家は、フランスでも有数の貴族家系です。
一家待望の長男として生まれたアンリには、大きな期待が寄せられました。
もちろん彼自身、幼心にそれを感じていたに違いありません。
しかし期待に反し、アンリは生まれつき骨が弱く病弱で、14歳と15歳のときに転んで左右の大腿骨を骨折して以来、両足の成長が止まってしまいます。
もはや馬に乗るどころか歩行にも杖が必要になった息子に対して、父伯爵は失望を隠しませんでした。
父の失望と体が人並みでないという事実は、彼が自分を“アウトサイダー”と位置づけるのに十分だったのでしょう。
やがて貴族としての将来を諦め、パリで画家として生きることを決意します。
パリに住み、画家として歩み始めたロートレックは、先まわりして自分の姿を笑い飛ばし、人々の好奇・嘲笑をかわす術を身に付けました。また、ウィットに富んだ独特の言い回し、軽妙な言葉遊びで人々を楽しませ、自分自身もそれを楽しんだと言います。
しかし、ただ彼の「芸術」だけは、アウトサイダーとしてのロートレックの意識を浮き彫りにし続けました。


18歳からパリで絵を学び始めたロートレックの目は、次第にパリの夜を彩る酒場・ダンスホールに向きます。そこに夜ごと通い詰めた画家は、やがて歓楽街の人々を描くようになりました。
そして、彼に大きな名声を与えたポスター『ムーラン・ルージュのラ・グリュー』をはじめ、キャバレーや劇場、そのスターたちを描いたポスターや石版画を次々と制作しました。また、1893年頃からは度々娼家に住み込み、娼婦たちの素顔を描くようになります。その生活の中で生まれたのが、もっとも重要な作品の一つ『ムーラン街の客間にて』(1894年作・トゥールーズ=ロートレック美術館 アルビ)や『ベッドにて』(1893年頃作・オルセー美術館 パリ)です。
このように、ロートレックは女性を題材にした作品を多く遺しました。
しかし、彼は女たちを外面的に美しく描こうはしませんでした。むしろ、描かれた本人が驚くほど、ゆがんで醜い顔をしていることもあったほどです。
ただし、それはモデルを愚弄するものではなく、自身と同じく光溢れる道からはみ出てしまった彼女らへの深い共感と暖かな眼差しが描かせたもので、明るさの陰に隠された彼女たちの内面の危うさ、偽りのない生の姿であったのです。

異端者ロートレック。
19世紀末のパリ、ベル・エポックの光と影を見つめ、歓楽街に生きる女たちの姿に人生の真実を照らし出した小さくも偉大なる芸術家です。

 今回の出品作は、1891年、モンマルトルの有名なキャバレー『ムーラン・ルージュ』のために制作したポスターが好評を博し、以後次々に版画制作の依頼が舞い込むようになった画家が、キャバレー『ディヴァン・ジャポネ(日本の長椅子)』の広告のために制作したもの。この店のボックス席で、フレンチ・カンカンの踊り子ジャヌ・アヴリルと芸術や文学の批評家エドゥワール・デュジャルダンがダンスと音楽を楽しんでいる様子を描いています。画面左上の舞台に描かれたシルエットは、すらりとした肢体と肘まで覆う黒手袋で多くの男性を魅了した踊り子イヴェット・ギルベールです。この二人の踊り子はロートレック作品にしばしば登場し、後にそれぞれが芝居や歌で後世に名を残すこととなりました。本作品のために、ロートレックは書体の細部にいたるまで研究を重ね、スケッチを数点制作するなど、完成まで入念に準備をしたといいます。


 ロートレックの版画作品には、大胆な構図や鮮やかな色彩に、この時期パリで流行したジャポニスムの影響がしばしば見て取れます。本作品でも、同じく日本の浮世絵に大きな影響を受けたエドガー・ドガの『オペラ座のオーケストラ』(1868-69年作・オルセー美術館蔵)の画面構成を引用し、日本風のインテリアで装飾されていたというこの店に合わせて、いっそう日本趣味を強く表現しました。発表後、批評家たちは「無敵の力でもって、パリの街路を征服した」と本作品を称えました。それは、広告あるいは一人の画家の作品という域を超えて、優れた芸術作品としてのポスターの誕生であったと言えるでしょう。

■下見会のお知らせ■
7月21日(土)開催/近代美術Partllオークションの下見会は下記の日程で開催いたします。
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東京: シンワアートミュージアム
7月19日(木)・20日(金)  10:00〜18:00
7月21日(土)  9:30〜11:30

入場は無料です。
どうぞお気軽にお越し下さい。

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