日本画家。川端画学校に学ぶ。 1940年青龍社展に入選するが応召され、シベリア抑留を体験する。 復員後は青龍社展に復帰し、晩年は病のために左手で制作した。 豪快で抽象的な作品で異彩を放つ一方、繊細な水墨画も描く。

 
■ 略年譜

西暦

和暦

年齢

事項

1920
大正 9
0
新潟県に医師の息子として生まれる
1938
昭和13
18
光風会に入選
1940
昭和15
20
徴兵され、中国各地を転戦
1945
昭和20
25
終戦と同時にシベリア抑留。炭鉱採掘に従事する
1950
昭和25
30
帰国し青龍社に復帰
1956
昭和31
36
桜島の写生旅行中、大爆発に遭遇する
1957
昭和32
37
個展で加山又造と知り合う
1959
昭和34
39
三鷹への転居を期に過去の作品の大半を焼却
1966
昭和41
46
多摩美術ビジュツ大学日本画科教授に就任
1971
昭和46
51
脳卒中で倒れ、左手による制作を始める
1973
昭和48
53
没す