《成る道》 1922年作
 
《枇杷と苺とギヤマン皿の静物》
1924年作
 
《木村荘八像》
1913年作

 

洋画家。初め白馬会洋画研究所で外光派の画風を学ぶ。フュウザン会、草土社と大正時代の先鋭的グループを牽引。雑誌『白樺』を通じて後期印象派に触発されたものから、次第に東洋的性格を強めた。後期はリアリズムを求めてデューラーなどの北方ルネサンスや宋元画に傾倒した。

 
■ 略年譜

西暦

和暦

年齢

事項

1891
明治24
0
東京の銀座で新聞記者・事業家の四男として生まれる
1908
明治41
17
白馬会に入り黒田清輝に師事
1912
明治45
21
ヒュウザン会展に14点出品
1913
大正 2
22
小林蓁と結婚、西大久保に転居
1914
大正 3
23
代々木に転居、長女麗子生まれる
1915
大正 4
24
草土社第一回展を開く
1917
大正 6
26
神奈川県鵠沼に転居
1918
大正 7
27
麗子、村娘お松を頻繁に描くようになる
1920
大正 9
29
初めて日本画、芝居絵を描く
1922
大正11
31
春陽会創立に客員参加する
1923
大正12
32
京都に転居
1924
大正13
33
初期肉筆浮世絵や宋元画に熱中する
1926
大正15
35
鎌倉に転居
1929
昭和 4
38
没す